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続・鉄人兵団のオチは反則

しつこいかもしれませんが鉄人兵団論再び。あのオチはやっぱりいけません。前回に言ったこととたいした違いはありませんが、若干視点を変えていきます。前回の記事はこちら:鉄人兵団のオチは反則

タイムマシンというのはすべてを無かったことにする解決法。ならばのびしずとリルルの友情や鉄人兵団を相手に戦った5人の結束なども当然無かったことになる。(本来なら5人に鉄人兵団の記憶は無いはず) それ悲惨すぎませんか?

現実世界と同等に、物語の中で紡がれる世界や人間にも独立した価値があり、読み手もその影響を受ける。それを歴史改変で無かったことにできるというのは物語の意味自体が失われることになります。

たとえ天国みたいなメカトピアが生まれても、再び歴史改変によって壊される危うさを持った世界となる。物語自体の価値も消滅し、「単なる架空の物語」でしかなくなる。こういうメタ的な手法はあまりすべきでないと私は思います。

(ちなみにメタを物語の構造そのものに導入することによって世界の虚構性を描く作品もあります。しかし作品名出した時点でネタバレになるので出せません。叙述系の作品はつらい……)

そういえば映画本編の中で「この映画を見ている人以外は信じてくれないよ」というセリフがありましたけど、これはいらない。私は醒めました。

大山ドラってたまにメタが……「浦島太郎のなぞに挑戦」のラストとか。このあたりは賛否分かれるところでしょうか。私はメタ嫌いなので好きではありません。

今回は時間軸一本で考えましたけど、パラレルワールドで考えても似たようことになると思います。グレッグ・イーガンや神林長平など、無数のパラレルワールドがあるなかで自分の存在意義は何か? を考える作品は現実に存在するので。

時間がメインギミックの話や、パラレルワールド前提のノベルゲームとかなら読者の了解がありますが、鉄人兵団のようにほとんど伏線無くこのような大オチはいくらなんでもまずいでしょう。

とここまで書いておいてなんですが、世の中なんでも正攻法で解決するわけではないし、5人がリルルのことを完全に忘れる切ないオチなら個人的にはOKかな? という気も。SF短編の「影男」がそんな感じだった。リルルに救い無いけど、それは時間改変の重大性を観客に伝える代償ということで。

それでもなんとか救いを出そうとするのなら、観客だけにわかるようにチラッとリルルを映すとか、「のび太を愛した美少女」の青い鳥のようにメタファーを使うなんて手も。

おお、タイムマシンオチでも結構いけるんじゃない? やらないにこしたことはないけど。とにかく、時間改変とはどういうことなのかという問題提起がされてれば(=少なくとも5人の記憶が無くなれば)タイムマシンオチでも私はまあ構わないかな。原作はきれいすぎ。

しかし、ロボットに「あたたかい心」を植え付けるという解決法もまたイマイチなのが問題か。無理が多すぎる。やっぱり根本的にオチ変えたほうが絶対楽。

大長編のロボット物語は鉄人兵団・ブリキの迷宮・ロボット王国の3作があるけど、どれもロボットSFとしては微妙なんだよなあ。

ドラえもんにおけるロボット系物語というのは、まずロボットもしくは人間側を詳しく描写して、どちらかを論理的に追い詰めていかないと上手くいかない。なぜならドラえもんはロボットがいることが前提の物語で「ロボットは人間の友達だ」なんて当たり前のことだから。

単にロボットor人間を敵視する敵が出てくる→ロボットと人間は友達だ!→敵倒す だけだとあまりおもしろくないでしょ? それなら別にロボット出す必要ないし。極端なことを言えば、クラスになじめない転校生の話でも成り立つ。

「ロボットは人間の友達」という前提を一旦解体してからロボットと人間の関係を再構築していくのがドラえもんでロボットをギミックとする話の正しいやり方であり、SFの醍醐味。これはロボット・異文化コミュニケーション系SF読んでないとできないし、読んでいても難しい。

つまり、ドラでロボットものは自ら地雷踏む行為だと思うのですがどうでしょう。F先生も描けているとは言いがたい。というか描けてない。

ということでドラ誕生日スペシャル大丈夫なの? いやハードSF面なんて全然期待してなんていないんだけど。でもせっかくなら完成度が高い話が見たいじゃないですか。

追記:誕生日スペシャル名作でした。ごめんなさい。「決戦! ネコ型ロボットvsイヌ型ロボット」感想

本を2冊紹介しておく。

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)
祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)現代SFの頂点、グレッグ・イーガンの短編集。「無限の暗殺者」がパラレルワールドとアイデンティティを扱った話です。ただし、この短編集の中でおそらく一番難解。精神的に余裕があるときに。

そもそもイーガン自体、疲れているときに読んではいけません。短編一作でエネルギー使い果たす勢いだから。

アイの物語 (角川文庫)
アイの物語 (角川文庫)物語の「独立性」を強調してフィクションの素晴らしさを説く山本弘の連作短編集。いい意味で鉄人兵団のアンチ的な要素も入っています。ロボットと人間の関係を探るうえで必読もの。

そういえば、最初の話が小説の中の小説の中の小説とメタメタメタ。最初、かなり混乱した。

あれ。山本先生、藤子全集の21エモンの解説書いてたんだ。地球人と価値観が違う宇宙人を描いていてすばらしいというのはそのとおりだなあ。「アメリカSFの宇宙人は人間と戦うか仲良くなるかの2択しかなくてけしからん。本当に『未知のもの』はそういう問題ではないだろう!」と言ったのはポーランドのスタニスワフ・レムだったか。

日本でのレムの紹介はアメリカよりも早かった(日本:60年頃・米:70年頃)から、21エモンが描かれた1968年当時「異文化コミュニケーションの難しさ」を描くSFは日本のほうが進んでいたのかもしれないな。すごいよ! 21エモン世界最先端SFだよ! とむりやり褒めてみる。

時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)
時間封鎖〈上〉 (創元SF文庫)読みやすく21エモンよりリアルな異文化コミュ話をご覧になりたい方は有川浩『空の中』がバッチリ→『空の中』感想 

『空の中』なんて全然リアルじゃないぜ! と満足できないハードな方はレム系統のR.C.ウィルスン『時間封鎖』がいいかも。リアルさを求めるとレム系宇宙人しかなくなりそうだから難しい。

もっとも、有川さんが「レムによると全く違った進化をした知的生物どうしは互いを理解できない!→わかってるよそんなの。でも相互理解が不可能なら人間的思考に当てはめるしかないじゃない!」(文庫版『空の中』p446を私が勝手に解釈した)というひとことでテキトーに済ませているのを読んで私は有川さんに惚れたけど。明らかにこのひとわかった上でやってる。

なんか山本さんのせいで4冊紹介してしまった。全部名作だからいいか。山本さんはブログでエスパー魔美についても熱く語っているのでこちらもお見逃しなく。
『エスパー魔美』を最初から読んでます:山本弘のSF秘密基地BLOG

あ、それほど薦められる作品ではないんですが、先日出た『アリスへの決別』が微妙に魔美っぽかったです。→『アリスへの決別』 感想

次の『少年SF短編1』解説の大森望さんにも期待。

機械仕掛けの神たち

最新映像公開を記念して、さらに鉄人兵団につっこみます。(前回の記事 新・のび太と鉄人兵団、特報!

あなたは、ロボットです with My Merry May, After Rain
↑とは言ったものの、今のままだと「ロボット」としてのアイデンティティが希薄で、「ロボット」が「ヒト」となる話でしかないような気がしてきた。もっと「ロボット」としてのあり方を追求してもいいと思う。

ロボットがヒトに憧れる話はいまどきな感じも個人的にしますね。1986年当時はどうだったんだろう?(神林長平『戦闘妖精・雪風』って1984年なんだ……)

いや別に古くてもいいんですけど。使い古されたネタならその中に少し新しいネタも混ぜたほうがおもしろいんじゃない?

鉄人兵団は「心」の扱いがすっきりしない。結局メカトピアのロボットに心はあるの無いのどっち? リルルがヒトの心をうらやましく思ったことを考えると心は無い。でもメカトピアがヒトと同じ歴史辿ったことを考えると心はあってもおかしくない。というかあのロボットたち普通にヒトと同じような描写。

……もしかしてこの作品、ロボットと比較して人間のすばらしさを謳う作品じゃなかったりする? ロボットの心とかまったく関係なくて、革命家とか平和運動家の気高さを讃える作品だったりしたらどうしよう。人間だってたとえ間違ってるのではないかと思っても、祖国とか会社とか親とか裏切れないなんてことは普通にあるし。

だとしたら私がいままで考えたことの意味一瞬で無くなる。まずい普通にあり得る。まあいいや。次。

鉄人兵団のオチは反則
本当のところ、私が許せないのはタイムマシンオチではないんです。タイムマシンオチの場合、(メカトピアの)ロボットは所詮ロボットにすぎず、自己改革なんて不可能という解釈をすれば人間の歴史なんて関係ありませんから。(さっきの「ロボットの心とかまったく関係なくて……」の解釈はこの際無視)

そのような重い結末を意味するのにもかかわらず、安易なお涙頂戴でテキトーにハッピーエンドでごまかしているのが我慢ならない。(原作は割とあっさりした別れなので、狙ったわけではないかもしれない)そういうオチにするのであれば直球で勝負すべきです。すなわち後味悪いオチ。

My Merry Maybeのリースエンドでも見習ってください。(あれは後味最悪だけどハッピーエンドだと思います。西川さんよくやった)

My Merry May のこと考えていていま恐ろしい考えが頭をよぎった。鉄人兵団エピローグのリルルってあれみさおBエンド、すなわち新ぴ

いえなんでもありません。

なんかMy Merry May って鉄人兵団のアンチテーゼなんじゃないかという気がしてきた。いや私の考えすぎとは思うけど。マイメリはアシモフ、ディック的なところがあるけど鉄人兵団にはあまり感じられないし。

(ディック「ジェイムズ・P・クロウ」とネタはかぶってるけど、ディックSF的テーマ「認識の揺れ」とでもいうものは感じない。リルルの葛藤が普通に人間的でSFっぽくないからか。ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May, again のように深読みすれば別だけど)

ただ、F先生(主にSF短編で)と西川さん、テーマ的にディックの影響受けてるっぽい。プロットが破綻するところまで見習わないでください。まったく2人して。

すべてを無にするかつデウス・エクス・マキナなオチである西川さんの某作品が批判されてるのは、鉄人みたいな感動が無かったからですか。西川さん失敗したな。泣かせればよかったんだ! きっとそうに違いない。

ディック、藤子F、西川真音、小川一水と私の好きな作家は長編のプロットが破綻する。なんで? 個人的にはディック&西川のあれはあれで魅力だけど。

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)
時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)っていま思い出した。ちょっと小川一水、おまえもか。『時砂の王』で鉄人兵団ばりのオチをやったな!!!

作品全体のあの絶望感と時間ガジェットは鉄人兵団を思い出させるものがあったけど、変なところまで真似るなってばー。

え、真似たわけじゃない? いつもです

『時砂の王』は300ページなのが惜しい。詰め込みすぎててちょっと疲れた。もっとページ数増、相対的に内容薄めで読みたかった。もちろん、褒め言葉ですよ。やっぱりオチはどうかと思うけど。

人間とロボットの関わりを模索するSF作品は昔から今まで続いていますが、新鉄人兵団は旧作風で来るか、現代風解釈で来るか期待です。旧鉄人兵団の時代になかった新たな解釈というのがやっぱりあると思うので。

鉄人兵団(1986)もマイメリ(2003)も時砂(2008)も、アンドロイドの切なく残酷な物語。でも切り口は全然違う。

新・のび太と鉄人兵団、特報!

来年の映画ドラえもんは『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~』
公式サイト http://doraeiga.com/2011/

最新映像を見て思ったことをとりあえず箇条書き。

・あいかわらず音楽すばらしい。
・サブタイトルが微妙だけど、ミスリードだったりするのだろうか。天使≠リルルとか。
・そ、操縦席がSFみたいでかっこよすぎる……。これだけでもリメイクの価値がある。
・リルルに影があってかっこいいな。でもあまりかわいくない。かわいい映像はもう少し待てということですね。
・予告編の最後にジュドの頭脳が割れてなんか出てるけど何だろう。ジュドがかわいかったら頭脳改造できないじゃない!


監督はやはり寺本幸代さん。寺本さんは短編向きだと思うので、個人的にはあまり映画にいってほしくありません。ですが決まった以上期待せざるを得ません。金子作監とのタッグは映画でしかないしね。(作監誰かな?) それに、寺本さんは新魔界の監督やってからTVシリーズでおかしくなったから、2度目の監督やったあとさらにおかしくなるかもしれないし。

寺本さんは最後の最後に小道具を使い、一歩引いた感動が上手い。「ドラえもんの青い涙」のドラ焼き、「天の川鉄道の夜」のネジ、「のび太を愛した美少女」の青い鳥など。切ない終わり方をする寺本さんに鉄人をやらせるのは適材適所ですね。

ただ、個人的には「サブロー!」とか「いまの鳥はルリィだ」とかわざわざ言わせなくてもいいと思うけど。そういえば旧映画版のラスト、「そうさ、リルルは天使さ!」のセリフは絶対余計だと思った。生まれ変わった=天使になった? がほのめかされるからこそいいんじゃない。

原作は天使になったなんて言ってないし、本当に生まれ変わったかどうかすらちょっと微妙。(のび太の見まちがいの可能性あり) でもそこがいい。のび太が窓から空を見上げるコマは、私のお気に入りのひとつ。普通、あの状況で、あのアングルから見た絵は描かない。


脚本は清水東さん。今日のTVドラの脚本担当でしたが、正直私は知りません。過去にプリキュアを担当?(→追記 シンエイアニメ『ご姉弟物語』 『スティッチ! ~ずっと最高のトモダチ~』を担当されています)

……ぶっちゃけ映画ドラの脚本家に権限あるとは思えませんけど。真保裕一作品は1999年の『ボーダーライン』までは12作全部読んでるけど、真保カラーなんて全然感じなかった。(作風変わったりしてるのだろうか…?)

そもそも映画は監督のものだし脚本家を責めるのはお門違いでしょう。脚本家が自由にお話書いていると思っている方、それは大いなる勘違い。シナリオは誰のもの?でちょっと触れたけど、書いてない書いてない。

前にも出したけどここは勉強になる。
おぎにゃんと学ぼう! アニメの作り方

あとこんなのがあった。
アニメで脚本を評価することのむずかしさ:Togetter

アニメ画描きとしての訓練を受けてない脚本家の本は、文字で書かれた物として優れてても、画では表現困難だったり、意味のない表現である場合が多々出てくる。

逆にアニメライターがアニメをノベライズすると、あらすじなぞっているだけで描写が弱い人いますね。小説になってないようなものも見たことがあります。ドカーンみたいな擬音語使わないでください。

で、小説真保さんはかなり文章上手い方だと思ってます。もう読ませる読ませる。ストーリーが微妙な作品でもなぜか一気読み。

それにしても、いまさらですが寺本さん凄いな……お若いのに。映画の監督ともなればいつもとは違う圧力(内部で)あるでしょうけど、そこは楠葉さんファイト。応援してます。

まだ続く。次は主に原作につっこみ。機械仕掛けの神たち

それ関係ないの

私は鉄人兵団で前からとても気になっていることがあるのです。ザンダクロスがビルを破壊する直前のシーンについて。

「このボタンみたいなの何に使うの?」

「それ関係ないの」

「あ、ほんと」

ポチッ。


ちゅどーん。


……これってギャグですよね? ギャグなんですよね!? 関係ないって言われて普通押しますか。たしかに関係ないなら押してもいいという理屈がないこともないですが。

私は、この場面でいつも爆笑してしまいます。状況的には全然笑えないにもかかわらず! ここに触れている人をあまり見ないのですが、私は少数派なのでしょうか。

野村さんの演技がよけいに笑いを誘います。野村しずかのとてもすばらしい点。それは、さりげなく黒いセリフです。これをやらせると野村しずかは最強だと思われる。

雲の王国で
「君の音痴にはみんなが迷惑している!」
「だめよ、そこまでほんとのこといっちゃ」

とか

「オオカミ一家を救え!!」で
「ぼくが(オオカミを)見つけよう」
「のび太が? ワハハハハ」
「ゆめがないわね。そりゃあ、のび太さんにはむりなのはわかってるわ」

とか。

でも明るく黒いかかずしずかもやっぱり捨てがたい。

結論:ブラックしずかちゃん最高

エキサイトアニメニュース 「映画ドラえもん」30周年記念DVD商品発売のお知らせ!!
http://blog.excite.co.jp/exanime/12805615/

映画ドラえもんのDVD-BOXが出るようです。セル版鉄人兵団のあのやる気ないジャケット絵は変わるんでしょうね! 爆笑ポイントNo.2ですよあれ。あと裏の嫌がらせとしか思えない具体的なネタバレ文。あれはわざとなんですか。

>※既発売商品(PCBE.50279/税抜価格\3,800)と同仕様の商品となります。

…………。

鉄人兵団のオチは反則

前に書きましたが、私は鉄人兵団のあのオチはやってはいけないことだったと思っています。なぜなら、人間の歴史の否定に繋がるからです。

あの解決法は簡単に言うと「ロボット作りそこなったから、もういちど作り直すね。失敗作のロボットたちバイバイ」ということです。ロボットだからってそれでいいのでしょうか。(キリスト教ではOKなのかもしれませんが) それならドラえもんだってスクラップにされてもいいということになりかねません。

そして、さらなる問題は作中で「ロボットの歴史=人間の歴史」と断言されていることです。つまり、上の「ロボット作りそこなったから、……」の「ロボット」という語はそのまま「人間」に置き換えることができるということになります。

人間は昔から今までずっと争いを続けています。だからって失敗作として消されるのは私は嫌です。「やはり歴史っていいほうに向かって進んでいるんじゃないかしら。少しずつ少しずつだけどね」(『T・Pぼん』「奴隷狩り」)とF先生自身、人間を信じる発言をしています。

良くも悪くも今の自分を形成しているのは過去です。その過去から学んでやり直せるのが人間です。(メカトピアの)ロボットにはそれができないのでしょうか。できないのであれば話は変わってきます。このあたりはロボットの「心」論に関わります。

しかし、これは『ドラえもん』です。そんな夢も希望もない結論はないと思います。(SF短編なら別) 加えて、前にも言ったとおり「あたたかい心を植え付ける」というのはテーマとの齟齬を生じています。(「鉄人兵団のテーマの一つは「人間の心の複雑性」と私は取ってまして、「人間のあたたかい心」ではない」 ロボットに心はあると思いますか?  with My Merry May, again より)  そのように考えると、やはり鉄人兵団のオチは失敗でしょう。

もっとも、「初めからやり直し」はクローン技術などで現実に行われています。このあたりについては私の考えがまとまっていないので言及しません。難しい問題です。(じつは、この世界そのものが物好きな神様による壮大なシミュレーションゲームだったりして)

マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)
マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)
しかし、どんなオチがよかったのかと言われると。「人間に創られたことを知らないロボットたちが人間支配」と鉄人兵団に似ている作品に、フィリップ・K・ディックの短編「ジェイムズ・P・クロウ」(米1954)があります。

(もしかして元ネタそのまま? 日本オリジナル短編集『マイノリティ・リポート』の出版が1999年。F先生が原文読んでいたか、それ以前に雑誌などで訳されていたか。まあ元ネタっぽいけど当時翻訳されてなかった作品はほかにもあるし)

この作品は結構いい感じにまとまっているので鉄人兵団にも使えないことはないかと。詳しくはご覧になってください。


私より前にしかもわかりやすくオチの問題点を指摘した方がいらっしゃったので紹介します。

深読みすれば、遺伝子操作的な対策を連想させる、という意味では、逆に問題が大きい。
映画ドラえもん のび太と鉄人兵団 -Youtaful Days!

全然そっちに頭向いていませんでした。おっしゃるとおりだと思います。そっち系の話だと私は遺伝子というよりロボトミー、もしくはグレッグ・イーガン風に脳内化学物質でヒトの感情を操るようなものが思い浮かびました。うわかなり怖い。

もうひとつ、鉄人兵団は人間のメタファーという観点から深く考えている考察を紹介です。
非ニコマス:そして彼女は天使になる 大長編ドラえもん「のび太と鉄人兵団」について -すごろく妄想格納庫 (2が出る日まで)

鉄人兵団のテーマ・構成を端的にまとめていらっしゃいます。リルルのアイデンティティのあたりはいままで見たことのない考察で、非常に納得いたしました。正直これ以上コメントしようがないのでコメントは控えておきますが、すばらしい考察です。コメント欄もぜひ。(私の考察をこれまた端的に要約していただいて恐縮……)

ちなみにF先生の「解決を安易にタイムトラベルに頼ってしまった」という言葉はおそらくこちらかと。 →映画ドラえもんオフィシャルサイト(右の作者のことばをクリック)

私がいろいろ考えていて気になったのは、人間のりくつにあわない心ってなんだろうと。もともと人間の心は利己的で争うもので「あたたかい心」こそがりくつにあわない心なのか。それとも、無駄に意味無く相手を傷つけ、戦争をする心こそがりくつにあわない心なのか。それとも、もともと心に善悪は併存するものなのか。

まあ善も悪も人間の価値観基準(しかも人によって異なる)ですからこんなの考えること自体が無意味かもしれませんけど。でも考えてしまう。

……それにしても、やっぱりF先生は長編の構成がイマイチなのが多い気がします。安易な解決法が結構見られます。「ゴツゴーシュンギク」とかもはや開き直りすぎのような。F先生もしかしてプロット作っていないのでは!? 私はそれほど大長編ドラ好きではありません。やっぱりF先生は短編です。

続きを書いてしまった。今度は違う観点から。→続・鉄人兵団のオチは反則

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ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May, again
新・のび太と鉄人兵団、特報!
それ関係ないの

あなたは、ロボットです with My Merry May, After Rain

私は鉄人兵団ですばらしいと思った点が一つあります。

それは、リルルを最後まできちんとロボットとして扱い通した点です。

最後にリルルが消えていく際の言葉は「今度生まれかわったら……、天使のようなロボットに……」
です。

天使のような「ロボット」ですよロボット。
メカトピアのロボットにはない「複雑な心」を彼女は知りました。
きっとうらやましくも思ったんだと思います。

でも、「人間になりたい」なんて一言も言いませんでした。
ここが藤子F先生本当にわかっている。

私は思うのです。ロボットが人間になりたいだなんて思うのかと。
そんなの人間の傲慢じゃないかと。
ゆえに、アシモフ博士の「バイセンテニアル・マン」(映画『アンドリューNDR114』の原作)
の後半は好きじゃありません。


ロボットに対して、おまえは人間として扱うというのはロボットに対する差別です。
人間は人間、ロボットはロボット、それをきちんと認めたうえで共存というのは成り立つものだと思います。

ドラえもんの世界が、生まれ変わったメカトピアのロボットと地球の生物とが共存できるような社会になっているといいですね。


書ききれなかった部分を一点だけ。
いずれ実用化されるかもしれない量子コンピューターを使えば、「心」を再現できる可能性があるとかないとか。私は詳しくないので説明できません。興味のある方は調べてみてください。


最後に、もういちどお聞きします。
ロボットに、心はあったほうがいいと思いますか?


ということで鉄人兵団リメイク騒ぎへの便乗記事……ではなく、My Merry May のPSP移植が決まったときから、発売に合わせてぜひこれを書きたいと思っていたのです。
MMMは本当に私の価値観そのものをぶっ壊してくれたゲームでした。

MMMをプレイされた方なら、私が影響受けすぎということがおわかりになると思います。
リスペクトの気持ちを込めて、すべての題名に「with My Merry May」とつけさせていただきました。
ライターのQ'tron長井知佳さん、西川真音さん、本当に名作をありがとうございました!

あと、Memories Offの制作者の皆さま、勝手なことしてごめんなさい。


参考
「バイセンテニアル・マン」
『聖者の行進』(アイザック・アシモフ, 池央耿訳, 1979, 創元SF文庫)に収録。

私よりも前にドラえもんの心問題に触れている方がいらっしゃいました。こちらも参考に。
空気を読まない中杜カズサ http://d.hatena.ne.jp/nakakzs/20070424

(こちらのブログの「セワシには自我がない?~『物体瞬間移動機』は魂を殺すか」ってあのゲームみたいだと思ったらすでに指摘されていた。MMMファンならわかる方はそれなりにいるはず)


ドラえもんとMy Merry May 関連記事まとめ
ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May
ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May, again
おまえもロボットだろ! with My Merry May, ~それから~

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My Merry May と中国語の部屋

鉄人兵団関連記事
鉄人兵団のオチは反則

おまえもロボットだろ! with My Merry May, ~それから~

鉄人兵団でドラえもんに違和感をもった方はいませんか?

このヒト、ロボットに対して容赦ありません。ぶっ壊しています。
映画では「来たなー、ロボットども!」とまでおっしゃってます。
リルルにもあまり好意をもっていないようです。
ロボットという点では仲間なのに。

さらに、ジュドの脳改造というとんでもないことまでしています。
(人間でたとえるとどういうことになるのか考えてみてください)


なぜ、ドラえもんはメカトピアのロボットに容赦しなかったというと、答えは簡単でドラえもん(=ロボット)は人間のパートナーだからです。地球で生きる一員なんです。
おそらく、地球のロボットが襲いかかってきたとすれば、さすがのドラも躊躇したでしょう。

ドラえもんの世界では、あまりに自然すぎて気付きづらいのですが、これって凄いことですよ。
人間が「違う」ものを排斥するのは、エスパー魔美なんかでもわかる通りです。
ましてやロボットは人間が造ったもの、一段下に見たっておかしくありません。
これについてはMy Me(略)


大長編ドラのテーマに「他の生物との共生」がありますが、『ドラえもん』という作品自体にこのテーマが包含されていると思うのは、……たぶん私の考えすぎ。ドラえもんはギャグ漫画。

次回はリルルについて補足。次で終わります。

次回
あなたは、ロボットです with My Merry May, After Rain

過去の記事
ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May
ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May, again

My Merry May 紹介記事
2010/3/25 My Merry May with be PSP版 本日発売!

ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May, again

鉄人兵団って実はまだまだ掘り下げることができる作品だと思うのですよね。
この作品には、おそらくあえて触れられなかった大きな穴があるからです。

それは、「心」とはなにか? ということです。


リルルは人間の「複雑な心」に触れて「迷う」わけです。
でも、この「迷う」という行為は「複雑な心」があるから存在するのだと私は思います。

……ほら、なんだかおかしいですよね。
なぜリルルは迷うことができたのでしょう。
そもそも、心の「ゆらぎ」とでもいうものはロボットに存在しうるのか?
しうるとすればそれはなんなのか?
そして、それはあっていいものなのか?


このへんもっと粘着質に描写すればさらなる名作になりうると思います。
地球のロボットドラえもんの心も合わせて描写させるとさらに完璧。
……腕のあるライターが必要だし、全部で3時間か4時間くらいかかりそうですけど。

と言いつつ、ドラの心については、『ドラえもん』という作品でそういう風に描写するのはタブーでしょうね。
基本的にドラ=ヒトが前提の作品ですから、そこに触れると『ドラえもん』じゃなくなってしまうかと。
でも、リルルみたいな他の星のロボットならまだいいと思うんだよなあ、なんとなく。


鉄人兵団ってロボットに「あたたかい心」をつけて解決するわけですが、
ちょっとズレているような気がします。

鉄人兵団のテーマの一つは「人間の心の複雑性」と私は取ってまして、
「人間のあたたかい心」ではないと思うのです。


人だって「あたたかい心」をもっていても(?)、
状況によって他人(や他の生き物)を意図的に傷つけることがあるわけで。

テーマを象徴する言葉が「ときどきりくつにあわないことをするのが人間なのよ」なのかと。
現実として、ロボットにあたたかい心をつけた、これで天国になる! となるかはちょっと疑問です。

(そもそもタイムマシンオチ自体、私は認めません。これについてはまたいずれ。
→ 2010/4/27 記事作成しました 鉄人兵団のオチは反則



似たような作品に『ロボット王国』がありますが、
これは鉄人以上に「感情」というものに触れてなさすぎます。
ロボットから「感情」を無くせと言われてもそもそも「ロボットの感情」って何? という。
まあ、感情のあるロボットが自然にある『ドラえもん』だからできた作品とも言えるかもしれませんが。


そもそも人の「ゆれる心」だってそんなに高尚なものではないかもしれませんけど。
脳科学に詳しいわけではありませんが、発生する物質の作用で怒ったり悲しんだりするわけですし。
科学の発達でそのへんが自由に操れるようになったらと思うと怖いですね。
(麻薬とか使えば今の科学の段階でもある程度は……やっぱり怖い)


このあたりを考えたい方は、しつこいですがMy Merry May 特にMaybe リース・鏡シナリオを。
MMMのライター西川さん、また何かSF系やらないかな。
(でも、羊の方舟はちょっと微妙だったか……)


別に鉄人兵団じゃなくていいですから、ロボットの心について迫った作品創れませんかね。
バリバリのハードSFになってしまうか。
娯楽作品にならなくなるか。
『ドラえもん』にならなくなるか。
無理か。
無理なのか。
いいじゃない緑の巨人伝でいろいろぶっ壊した前例があるんだし

(MMMは全然売れなかったからなー。求められていないのかな、こういうの。
でも、MMMは今でも一部マニアックなファンがついてるイメージがあるけど。たぶん私もそのひとり)



補足的にもう少し鉄人関係の記事を続けます。
この記事の最後に、リルルが「迷う」ことができたのは地球のロボット用の薬を使ったからだと夢の無いことを言ってみる。

次回
おまえもロボットだろ! with My Merry May, ~それから~

以前の記事
ロボットに心はあると思いますか? with My Merry May

My Merry May 紹介記事
2010/3/25 My Merry May with be PSP版 本日発売!

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