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それは、最後まで残酷な物語 My Merry May with be ネタバレ感想


God is not......Although it is,it is merely as cruel.....(by Monochrome 椿梨沙)


以下はゲーム My Merry May with be のネタバレを含みます。May部分の感想にもMaybeネタバレが入っているのでwith beを全クリした方だけご覧になってください。
ネタバレなしの感想・攻略情報はこちら →2010/3/25 My Merry May with be PSP版 本日発売!



<May>

Mayをやり直してのとりあえずの感想。
レゥかわいいぞぉぉぉ。

おほん。えっと。こんなにかわいかったっけか、Mayのレゥ。おもわず抱きつきたくなった。それ以外にも、ひとりで買い物に行かせるところとか私、心配で心配で。これはいわゆる萌えとは違う。なんだ? もしかして、親心? そう思わせてしまうおそるべき破壊力松岡ボイス。ギミック抜きで巧い。

声優陣が微妙な中で松岡ボイスと黒河ボイスは安定しまくり。出るだけで安心できるこのお二方はすばらしい。8年後にドラマCDで再演するだけのことはある。Maybeの声優陣も皆巧いけど、私はやっぱりこの二人が一番好き。

え? ゴッドボイス? 別格に決まってるでしょ。だから木村さんもドラマCDに出たんだよ。(少なくとも私は木村さんが嫌いではない……棒読みあまり気にならないたち)

では、各シナリオ感想です。シナリオは共通ルート・ひとえ・もとみが長井さん、レゥ・リース・たえ・みさおが西川さん、レゥの一部が山本さんです。


レゥシナリオ
もし、Maybeがなければ私は一応ハッピーエンドのレゥAを最後にプレイするように薦めたにちがいない。でも、ハッピーエンドで締めてMaybeに入るのは、ね。

恭介はAエンドで「レゥだけを一生愛し続けなければならない」という罰を受け、Bエンドで「無責任に命を生みだして放置した」罪を背負うことになる。Bエンドのレゥってたぶん死んでるんだよね……。初回プレイでは残念エンドだ、と軽く流したそれ、再プレイするともう痛くて痛くて。そこそこ明るいBエンド曲がさらにつらい。いっそリースエンド曲流してくれ。

そしてハッピーエンドに見えるAエンド。しかし深読みするとわりと怖い。レゥとずっと「恋人」としてやっていくにはつらくない? レゥは恋人というよりも、妹や娘のようなポジションがハマっていると思う。

そういうわけでAエンドでもいずれ問題が出てくる可能性がある。AエンドでもBエンドでも、なぜここまで恭介が苦しまなければいけないのか疑問ではある。恭介は本来「レプリス」を作ろうとしたのであって、「ヒト」を生みだそうとしたのではなかった。ヒトが生まれてしまったのは完全なアクシデントである以上、そこまで残酷な罰を与える必要があるのかと。

一方でレゥも成長して自己の存在意義を恭介以外に求めることができるようになるかもしれないから、2回目が起こらない可能性も十分あるともいえる。

アペンド「恭介の選択」でわかるレゥの借りてきた絵本のオチがかなり私好み。なんで世の中の物語って「人間になりたい!」ばっかなの。逆でもいい。ロボットに恋した人間がロボットになる物語。実際なってみると「人間世界よりすばらしい!」ってなるかもよ?

少なくとも、レプリスがヒトになりたいなんて言い出さないという意味で、私はMy Merry Mayという作品が好きです。もっとも、Maybeになると一部シナリオでヒトが強引にレプリスをヒトにさせる物語になってしまいます。しかし、「それでいいの?」という疑問が端々から感じられるので私はMaybe大好きです。というか、そうやって迷わせ、考えさせるところがMaybeの真骨頂。

レゥの精神年齢の低さに誰も突っ込まないのはなぜ? 身長から考えて見た目は小学6年から中学1年くらいみたいだけど、そのくらいの年になってあれはたぶんないよね。みんな気を遣っているのか。あと、周りがいとこなのに仲良いね、と言ってるけど、私も兄弟以上に仲が良いいとこがいるのでそのへんはあまり気にならなかった。

そして松岡さんはレゥひとりを取っても、称賛に値する。生まれたばかりのたどたどしい話し方から、成長してこなれた話し方を演じ分けてる。凄い。

以下は印象に残ったシーン。

「かわいいってことば、あってる?」(シーンタイトル<以下STと略>「正しい日本語講座」)
人間がどうやって言葉を覚えていくのか気になった。母国語のこのいろいろなニュアンスってどうやって学んでいくの?

ST「おにいちゃんのいじわる」
恭介がたえさんを振り払って寮から走り去るところ。
→テキストを出さずにたえさんの「恭介!」という声を入れた後、すぐに場面転換。

校庭にお弁当を持ってきたレゥを恭介が探しに行くところ
→恭介「レゥ!」というテキストに合わせて「おにいちゃーん」とレゥボイス。そのあと背景を高速で横にずらしてレゥの立ち絵に焦点を合わせる。

この2か所、演出痺れる! さすがMonochromeのしまぞうさん!(Monochromeは演出のレベルが高いのでおすすめ)

「きょうのめにうは! カレーですぅ!」「おお! 気づかなかったぞ! そうか! カレーなのか!」(ST「生まれたことをお祝いする日」)
恭介なんて優しいんだ! ……私も幼いころきっとこんなことされたんだろうと思うとかなり恥ずかしい。そしてケーキを食べるところでシンフォニック=レイン(以下S=R)のリセを思い出す。彼女もかわいかった。

ST「レゥ改善計画」
リースエンドの伏線? やっぱりリース的なレゥは気持ち悪い。

「日本に残るか、アメリカに行くか?」「いってるいみが、わかんないよ」(ST「自由であることの証明」)
これはレゥが正しい。きちんと指摘するひとえ様はさすがです。ルートから外れてもちゃんと活躍が見られるのはうれしい。

「なんでレゥの居場所がわかるんだ?」「レプリスですから」(by リース ST「レーゾンデートル」)
「オレはお前の居場所なら、どこにいてもわかるんだよ」(by 恭平 ST「オトナ⇔コドモ」)
「おにいちゃんのいるところならどこでもわかるよ」(by レゥ たえ・みさおルートの縁日)
「なぜだかわからないけど……確信した。レゥはそこにいる」(by 恭介 ST「有罪答弁」)

伏線…? あと、ST「赤りんご大会」で「おにいちゃん、あさからずっーとなにかちがうよ」というのもなにか関係あるのかなあ。

恭介レプリス伏線は「絵のオレの目、赤くなってる」「……(4秒ほどの沈黙)」「レゥとおにいちゃんはいっしょだからいいんだもん!」(ST「お絵かき」)も。4秒の「間」がやたら意味深で、明らかに意図的な演出。恭介は「レプリスではなく、人でありたいのか」と思っていたけど、逆かもね。

恭介の夢に出てくる白い草原もレプリスのメタファーかなにかなのか。元ネタと思われる『ブレードランナー』にはユニコーンの夢がメタファーとして出てきた。ブレードランナーについては「レプリカント(レプリス)を狩る主人公自身もレプリカント」(反転)という解釈ができる。

「レゥは……わたしは……わたしは……なんのためにつくられたの?」(ST「レーゾンデートル」)
「わたし」という一人称はここまで取っておけば良かったのに。Maybeでも「わたしは、レゥです」が重要になってくるし。レゥは「わたし」とは言わないという話だったけど、Mayでは言っていたから私は違和感なかった。調べたら「わたし」はMayのST「レゥとおでかけ」で寮をこっそり出るところでもう使われている。

あと、ここ腕取れてるのがわかりづらいんだよなぁ。気づかなかったひともいるんじゃないだろうか。私は初回プレイがレゥだったんですが、「あれ? これもしかして取れてるの?」とは思ったけど自信が無く、あとでカバンから腕を出すところでようやく確信が持てた。初回プレイにみさおBを勧めているのはこの理由もある。

「おきてよ~」(ST「愛することは罪なのでしょうか?」)
Maybeでリースがレゥのふりをしたとき、最初にやったのがこれなんだよね……。一瞬、「まさかこれもレゥエミュレーター!?」と思ってしまった。もちろん文脈から考えてそれがないのはわかってる。

共通ルートについてもここで。

正直三本勝負のノリにはついていけん。Mayの大きな減点要素です。高校生はそこまでコドモではないと思う。三本勝負を見て私がMayよりもMaybe好きな理由がわかった。Maybeって登場人物がみんな違う方向を向いているんだ。

Mayは一つの目標に向かって全員が集中、という感じが強めだけど、Maybeでは各人が異なった思惑を抱えて動いている。そこがリアルで良い。もっとも、そういう観点から見るなら私はS=Rのほうがある意味さらに現実的で好き。

最後に。少食な人を中心に大人のおこさまランチファンはわりといる。


リースシナリオ
テーマ的に最悪のバッドエンド。他のBエンドは「現状維持」という感じだけど、これは明らかに「退行」だ。よくやったQ'tron. ギャルゲーの女性が都合よすぎて嫌いなことが多い私にはある意味最高。(西川さんはS=Rもすばらしい) こんなに気持ち悪いエンドを描くその心意気に敬意を表す。

Q'tronってギャルゲーマーに喧嘩売りまくってませんか? このエンドでいうと、「こんな女の子が欲しいんですね。勝手にやってなさい」みたいな。容赦無く突き放すQ'tron愛してる。

Qに関してものすごく納得した文章があったので、2chしかもErdeスレから引用する。

最近ギャルゲの傾向として(中略)「お前が変われ」と、自分の世界へ寄って来させる そんな風潮が傲慢にも(しかもあくまで明確化させずに)根底に見られて痛い。 繰り返しになるが、その都合いい考えをワザワザ指し示し、否定するQは凄え。
★☆★erde~ネズの樹の下で~ (★☆★:2ちゃんねるmimizunミラー 369さん

ヨーコBadエンドは「お前が変われ」と強制して結局断られたんだったと。これだけはErdeで素直なBadエンドだった。

私もこういうギャルゲーの風潮は嫌いです。Memories Off 2ndで巴シナリオをやったときは唖然とした。なんで(男性にとって)こんな都合いい女性キャラのシナリオがうけるのかと。なんでこんな優柔不断男に惚れるのかと。よってメモオフ2ndは希と巴で終了。あとはやってません。まあ希もそんな感じだけど、個人的には健と希の関係はどうでもよく、希と望の関係が好きなので許容範囲。絵を破るところは最高。

と言いつつ、最初レゥ狙いのはずが、いつの間にかリース寄りになって、「リースのマスターになるか?」の選択肢が出て焦った私にはギャルゲーを批判する資格ないかも……。あのときはリースに惹かれている自分に気づいて怖くなった。でも、リースに嫌な感じはしなかったんだ。むしろヒトもレプリスも変わらないんじゃないかと思った。

レプリスができたら男性が働かなくなりそう。テロとして敵国に送ったらいいのでは。良い気分になって他のことを考えられなくする道具を送りつけるという話を星新一が書いていた。(オチなので一応タイトルは伏せます。新潮文庫『ボッコちゃん』収録) あと、藤子F短編「やすらぎの館」もいい年のおじさんが母性に溺れて幼児退行する話。興味あったらどうぞ。

マイメリの元ネタとしてはディックとアシモフが確定。とくにディックを読まずに書いていたら逆に天才だと思うレベル。アシモフは私の勘。

それはいいとして、これまた藤子F短編「恋人製造法」もあるのかな? 宇宙人に協力してもらって体は大人、心は子どものクローン恋人を創る話。オチが(反転→)育てきれなくなりクローン恋人を宇宙人に預けようとするが、恋人は主人公といっしょにいたいと拒否。そこでこっそり主人公のクローンを作って恋人とともに宇宙に飛び立たせる。オリジナル主人公は地球に残る。

もしかして本当に元ネタで、意図的にオチをいじった? だとしたら最高だよQ'tron。私はそのオチで納得いってなかったので。あとは「マイ・ロボット」という話もやたらマイメリっぽいんです。部品をひとつ付けなかったせいで心らしきものが生まれるロボットの話。まあこういう話はいくらでもあるから、強く主張はしない。

「今、何時?」「えっとね、あのね、あのね」「現在、18時26分53秒です」(ST「アニキ登場」)
こらリース。もっと空気読め! でもかわいいレゥが見れたから許す。

Mayのリースはやっぱりいかにもレプリスだ。話し方もbeリースより抑揚がないような気がする。そしてレゥもMayとMaybeでは違う感じ。松岡さん凄すぎ。Never7とMayとMaybeで7役ってなんじゃいな。明らかにこのひと異常。

Never7については(いまさらだが反転→)(マイメリプレイ前に)Never7で遙とくるみの声優同じというネタバレ聞いてからゲーム始めてあれは嘘なんだと思った。遙ルートのクローンという話はのちに覆されるものと。結局いづみキュアのスタッフロール出るまで信じなかった。というかいまだに信じてない。

「堅苦しい言葉は禁止」(ST「完全なる模造品の虚構」)
「んなもん急にできるわけねぇーだろ! ぶっ殺すぞ、テメェ、コラ! コケッ、コケッコー、パタパタ……」

Ever17の空シナリオは最高に笑った。教えずとも柔らかくなるリースはやっぱり凄い。

Ever17のレビュー予定はないからここでついでにちょっと言う。田中優役の下屋さんも何気に相当なもの。2周目によく聞くと→優春と優秋の演じ分けができている

「レゥは、大丈夫です」「恭平様に任せておけば問題ありません」「アメリカに行けば必ず治ります」(ST「レプリスマスター」)
リース、怖いんですけど……。レゥが駄目なのがわかってて、恭介に心配かけないためなのか。レゥにマスター取られるの嫌だからとかまさか無いよね。

そもそも恭平、なんでリース渡したんだよ! 恭平の任務に、恭介をきちんと育てるということもあるだろう。しかもこのひとレゥBでもリース置いていこうとしてるし。まあそれを言ったらなんでレプリス送ったのかという話だが。

一方で依存しすぎない健全な関係が築ければリースと暮らすのも良い、というか暮らしたいと思う。


ひとえシナリオ
容姿端麗頭脳明晰安全運転家内安全ゴッドボイスの榛名ひとえ様のシナリオです。ゴッドボイスに初めから違和感なかった私は異端ですか? いや洗脳はされました。もうこの声、演技しかありえません。ぷいぷいっ。

幼なじみの関係を描くひとえシナリオはABどちらも曖昧に終わる話。さすがQ'tron。「幼なじみだからストレートに好きになって終わり!」という都合の良い話を描かない姿勢には感心します。主人公の兄をはさんで主人公との関係を描いているところも変化球で良い。初回プレイのときは地味であまり印象に残っていなかったけど、やり直してみるとかなり良い話ということに気付いた。なにより「無難」だ。

私としては、とにかく曖昧でこれからどうなるかわからないBエンドのほうが好み。レゥとひとえがその後どうなるのかは神のみぞ知る。レゥについては、「『だってレゥはおねえさんだもの!』というセリフが存在意義の確立の象徴」という感想があってなるほどと思いました。(まいめりさん墜落日記:蒼遠ノ風~ろーとるげーまーの部屋)となるとレゥが一番気になるのはもとみBか……。

結局、ひとえが実家に帰れない事情っていったいなんだったんだ。帰ると恭平を思い出すから? まさかエピソードをカットしたけど選択肢消し忘れてそのままとか言わないで。

ちなみにBGM:HITOEはMayで一番好き。BGMが鳴るたびになぜか体が自然とリズムを取った。そしてイントロはMaybeのKYOUHEIに受け継がれることになる。

「ひとえちゃんは恋に恋していただけなんだ」(ST「ラスボス⇒レベル1」)
それは違う。恭平兄さんみたいにかっこよくて優しいひとがいたら幼なじみじゃなくても惚れる。


もとみシナリオ
感想飛ばしていいですか? ダメですかそうですか。いや、もとみファンの皆さんすまん。もとみはMay小説版の表紙になっているくらい凄いんだぞ!

ちなみにMay小説では恭介のレゥへの気持ちを試すために亮ともとみが組んで三本勝負やらせたって設定が勝負決着後明らかに。2人が少しいいひとになってます。ただし、彼女は亮と別れることすらなく三本勝負以降まったく出てこないという。(縁日のイベントでいるとは書いてますが会話等無し)

「成長」というテーマを考えればテーマに一番沿っているシナリオなのかもしれない。が、それが成功しているかというとかなりびみお。恭平とたえさんが「オトナ」すぎるのは置いといて、高校生ならひとえや亮、もとみくらいにオトナになっていてもいいと思う。ひとり恭介だけがコドモで、いろいろ勘違いして周りを傷つけていて感情移入できないのが致命的。これも恭介=レプリスの伏線の一種?

全体的には首をかしげざるを得ないシナリオだけど、個別にシーンを見ていくと好きなところが結構ある。箇条書きで。

・三本勝負セコンドのもとみの豹変。
なんかS=R中盤のファルと似たようなものを感じた……。本質的には全然違うけど。

・たえさんとの会話(ST「嗜虐」)
たえさんオトナすぎ。
「あなたがレゥちゃんとの関係を否定したら、彼女は彼女でなくなるわ」
なにこの伏線。たえさん全部わかって言ってるんじゃないでしょうね。

・「演じる」ことについて亮とのやりとり(ST「彼氏」)
「多かれ、少なかれ、他人に対して、演じる部分があるんだよ」

むしろ、いろいろな人に対して演じた自分を統合したものが本当の自分なのではないかと、グレッグ・イーガンの「誘拐」という短編を読んで思った。Aという他人がいたとして、私の記憶だけを頼りにAを再現したものをA'とする。他の人にとってはほぼ確実にA≠A'。でも、私にとってはA=A'。

「都合のいい自分を演じていないレゥちゃんにあこがれを感じたんだ」
都合のいい自分を完璧に演じきるのがレプリス。もとみシナリオはもとみが「レプリス」から「ヒト」へと成長する物語なのかもしれない。ちなみに「演じる」レプリスについては、MaybeレゥA・ライカエンドラストにも注目。→「『ひろとくんごのみのレゥ』になりたいんだもん」「あたしレプリスだもん。あたしを見てくれる人の好みになるのなんか簡単だよ」

・リースの立ち回り
Mayリースにも心はあると思いたくなった。Mayリースの心はMaybeで実質否定される。それでも、私はMayリースにも心はあると思う。人間が言う「心」とは少し違っても。

ところで、昆虫には人間的な「心」はまったく無いんだそうだ。すべての行動が本能に従った反射的行動にすぎない。でも、それも一種の心って言えるんじゃないかなあ。ダメ?

人間的な「心」しか「心」と認めないのであれば、人間にしか心は無いと思うよ。というか無いよ。うれしいとか悲しいとか、そういう感情に「似たもの」のある動物はおそらく人間以外にもいるはず。でも、脳の作りが人間とは違う以上、その感情が人間とまったく同じように処理されるということはあり得ないから。

もとみシナリオは全体的にそんな感じだけど、特にたえさんとの会話と亮の会話はやたら理屈っぽくて長井さんらしい。そういえばもとみシーンタイトルの二字・四字熟語もなんか長井さんって感じがする。こんなの好みという方はMonochromeの紗耶香編もどうぞ。私は正直なところ西川ファンなんだけどやっぱり長井さんもいいな。

最初にもとみをクリアしたときは「Aエンドは恭介の病気危険すぎるだろ!」と思ったけど、今となってはBエンドの恭介のほうが不安。アメリカに渡ったあといったいどうなるんだ。ちなみに遠距離恋愛はそううまくはいかない。

Aエンドの夢に出てくるレゥがMaybeライカみたい。あとリースの話し方がいつもより自然な感じでヒトっぽい。Mayの時点でここまでやってたのか松岡さん。Mayの時点でガチで巧い。結城家のレプリスと恭介母もやっているという噂を聞いたんですがマジですか? 私は松岡さんを何回褒めればいいのでしょうか。当然Maybeでも褒めなきゃならないし。

そしてBエンドのレゥはかわいい。AエンドのリースといいBエンドのレゥといいまったくもう。本当のヒロインはどこにいったのか。

もとみの話にもどる。例の「告白」は……よくコンシューマーでこんなのやるよ。突飛過ぎてなんか笑ってしまった。ゲームの枠に縛られないQ'tronのなせる業。まさかこれがMaybeにもちゃんと受け継がれるとは思ってもいなかった。

BGM:MOTOMIは単体で聞くと、とてもかっこいい曲だと思います。女の子には合わないような気がする一方でプレイ中は違和感ないのが不思議。

ところで、ひとつ叫んでおきたいことがある。いくら評判がびめおなシナリオだからってMaybeの写真でもとみがハブられてるのはあんまりだ! みさおもいないから亮がもとみと別れたあとの写真なのかもしれないけど、入れてやってもいいじゃない。まさか忘れていたとか無いよね? 無いよね!? うっかりミスでなければ(ないんだろう)、もとみとみさおを写さないことで寂しさを強調する効果があるのかもしれない。


たえシナリオ
たえさんって本当に大学生? 大学生でこんなに優しく落ち着いていてかつ包容力のあるひとなんていない。というか大学生じゃなくても見たことない。さりげなく理想的な女性で、Mayではベストキャラ。(ただしレゥはかわいさで別格)

たえシナリオは他シナリオのような重さは最後の最後くらいしかなく(しかもレゥ関係でたえさんとは直接関係なし)、終始のんびり。でも大好き。主人公の内心の突っ込みを含めた掛け合いが心地よすぎる。ここまで気持ちいい雰囲気のやりとりはあまり見たことない。山場全然ないのにこんな楽しいシナリオ書けるなんて凄いよ西川さん! そういえばS=Rファルシナリオ(ただし中盤まで)にも似てるような気がしないでもない。

黒河さんの演技もGood。というか黒河さん酔っ払い演技上手すぎ! Never7の優夏に匹敵する。テキストがひらがなだらけになっているのも凝っていて好印象。

恭介もたえルートはなかなかオトナで褒められる。特に縁日で「はぐれた」ところはナイスガイ。あと、みさおちゃんの気持ちを察して他に待ち合わせがあると嘘をつくたえさんや、ビールを飲みたがるたえさんに気を遣って離れたあと「いえ、えっと……いろいろと食べてましたから」とごまかすみさおちゃんもナイスガール。

たえ・みさおルートの縁日はMayで一番好きなイベント。この作品は、文章として書かずに空気読ませるのがものすごく巧みだと思います。それが一番表れているのがここ。

あ、Full Thrustさんが同じことをおっしゃっているのにいまさら気づいた。

主人公、たえさんみさおちゃんの三人の気配りと気持ちが上手く表現されてる。
直接そう説明があるわけじゃないけど、仕草や台詞で感情が表れてるのは素晴らしい
- My Merry May -:Full Thrust

ですよね! ここまで「間」が上手いシーンがある作品ってほかにあったかな。

この部分は西川さんが描いてるはず。空気を読ませるのが巧いのが西川さん。理屈の長井、情緒の西川。

たえルートの最後の恭平との対峙、きっと「あなたもレプリス? そして恭介は?」と本当は聞きたかったんだろうな。だから恭介を引っ張り出してごまかした、と。私も初回プレイでだまされた。

「本当の母親は恭介が生まれてすぐに死んだ」「どうして、母親にそっくりのレプリスをつくったんですか?」
なんて素敵なミスリード。こんな会話されたら普通思うよ。本当の母親は人間、とね。ST「誰がための多くの偽り」の「誰」にはプレイヤーも入っているような気がしないでもない。ちなみに『My Merry May with be ビジュアル・ガイドブック』恭平が睨んでいるCGがカラーで載ってます。当然目は赤いです。

それにしても、恭介&恭平がレプリスである伏線は大量にあるんだけど、それを確実とする描写が何ひとつないって結構凄くないですか? 制作者は恭平の目が赤い描写で恭平=レプリスを示したつもりなのかもしれませんが、私はこれすら「演出の一種かも」と深読みしてしまった。いま考えると「こんな設定のあるゲームでそんな紛らわしい演出は普通しないだろ」なんだけど。

しかし、with be ガイドブックによると、

「My Merry May」に残されたいくつかの謎
謎3 恭介はレプリスなのか?
謎6 なぜ恭平はレプリスだったのか?(p38)

え。May段階で恭平=レプリスと読むことが前提だったの? とりあえずひとえ編の赤い目のCGはPS移植の際の追加CGで、DC版の段階では「サングラスから透けた目がもしかして赤い?」程度のものだったかと。もっとも、JIVEの編集者がMay段階で恭平=レプリスと読みとれると解釈しただけかもしれませんが。

「なんだか……寂しい人ばっかりですね」「そんなもんよ」(ST「最後の人類と優しいラジオノイズ」)
寂しい人たちが集まって構成される My Merry May。レゥができてしまったのは間違いじゃないと思う。ただ、寂しい人たちがそれを癒そうとあれこれ集まってバランス崩した結果がみさおエンドなだけ。やっぱりたえAがいちばんハッピーか。


みさおシナリオ
「その光景は、寒気がするほど美しくて、心が温まるほどに残酷だった」

鬱Q'tronここにあり。AエンドもBエンドも「同じ」なのに、なぜこんなに違うものを描けるのか。Bエンドはいろんな意味でダークすぎる。

Bエンドを見て「Bエンドで十分ハッピーエンドじゃん、Aエンドはどれだけハッピーになるんだ」と期待した私の心はズタズタです。同じように思った方、やっぱりいらっしゃった。→My Merry May with be 感想まとめ文:水色石の雑記帳

見事にそう思わせた理由に、他のBエンドが良質というのがある。レゥはともかく、ひとえ・もとみ・たえはBエンドでも「これはこれでハッピーじゃない?」と思わせるところがあった。だからみさおBも同じようなものだろうと。他のエンドをすべて回収したあと、みさおB→Aとプレイした私はまんまと引っ掛かってしまった。

嘘はバレなければ本人にとっては真実になりうる、つまり真実は解釈によって変わってくる。(ちなみに"Fact"は可算名詞、"Truth"は抽象的な概念だから不可算名詞) 逆に考えれば「Aエンドの恭介は考えすぎ」で済ますこともできるとも言える。レゥは普通に「ヘンなの」と言ったこともあるし。なぜAエンドを創ったのかという制作者の意図はあえて無視する。

ST「完全なる模造品の虚構」の「レプリスの虚構が一生貫き通されるのなら、それは虚構ではなくなるのかもしれない」というセリフはかなり深い。もしレゥの模倣品が完全に演技することができるなら、それレゥでいいんじゃない? といまだに少し思ってる。(まあ、心のないレプリスが完全に心のあるレプリスの真似をするのは無理だと思うけど) ここまで考えて創った……のだろうなあ。Maybeの凄さは言うまでもないけど、Mayもかなり作りこまれていると思う。

みさおルート、ABエンドだけならまだいいんだよ。問題はCエンド。レゥかみさお、どっちかを選べってこと? できるかそんなこと! もしABエンドしかなければ選択の余地はないからプレイヤーとしては罪悪感は薄れるのに、そうさせてくれないのがQ'tron。その気になればレゥを妹、みさおを恋人として3人和解エンドを描けるはずなのにそうしないのがQ'tron。なにこの鬼畜。

ところで、なぜひとえAがロック条件に入っているのかな? たえAとの共通点は、恭平がレプリスであることを示唆していることか。それなら恭介=レプリスもほのめかすもとみエンドも入れたほうがいいような気がする。さらにみさおA裏エンドのレゥAも。まあ、一番文句言いたいのは、みさおBもロック条件に入れろということですが。

こう言ってはなんだけど、キャラ的にはみさおって数合わせ。レプリス、幼なじみ、親友の彼女、寮母、ここまでは物語として必要なキャラなのはわかる。みさおだけなんか浮いてない? という私の疑問は『My Merry May ビジュアルファンブック』(以下VFBと略)で氷解。

西川:みさおなんて最初のプロットではまったく存在してませんでした。(p49)

やっぱりか。ということは、みさおエンドは後付け? この後付けがなければMay、いやwith beがここまで名作にはならなかったと思うとなんか感慨深い。

ST「トレーニング・みさお編」
みさおちゃんとのインディアンポーカーが怖い。表情一つ変えずに「降ります」 ここのみさおちゃんとレゥのやりとりも好き。「勝負です、レゥさん」

でも、みさおちゃんは何気に感情豊かなところも好き。「お、おまえなんて、なんて恭介で充分だ~~~!」(ST「曖昧な意味での家族」)には爆笑。穂乃香さんも仲良くなったら下段回し蹴りとか期待してたのは私だけ。

ST「その誕生は確かに祝福された」
みさおちゃんカレー7杯はいくらなんでも食べすぎだとか懐中時計をプレゼントとは渋いとかいうのは置いといて。このシーンタイトル、あとの展開を考えると寝込みたくなってくる。レゥがプレゼントもらって喜んでいるCG見ると私はもうつらくてつらくて。

マイメリはシーンタイトルが全体的に良い。いくつかあげると
レゥ・リース「完全なる模造品の虚構」(←ディックだ)
たえ「誰がための多くの偽り」「偽家族」
みさお「その誕生は確かに祝福された」「有罪答弁」「人形遊び」


「私はレゥの双子の妹でリースと申します」(ST「もう一度同じ場所で」)
「いもうとっ!?」と驚いたのは私だけでしょうか。しかしたしかにPmfh-02だから妹だった。レゥとは逆にリースは大人びすぎてると思うんですが、周りの反応は大丈夫だったのか。

「目的、存在意義、レーゾンデートルがプログラミングによって確立されているから、レプリスは身体をその形に保つことができるんです」(ST「有罪答弁」)
レプリスはマスターがいないと自分の存在を維持できない。そのように作られたから。では人間はどうして自分の存在を維持できているのか。子孫を残すため? でも、それなら子どもが独り立ちしたらすぐに死ぬことになる。(実際、子が自立して心に穴が開く母親はいるみたい) 生きるということに、そもそも意味なんてあるのか。

このテーマはMaybeに引き継がれ、さらに昇華されることに。

「だめなんだよ、くっつかないんだよ」(ST「人形遊び」)
しまぞうさん・西川さん・松岡さん・前田さんの4人がVFBでここを印象に残ったシーンに挙げてました。(松岡さんは小屋のシーン全体) さすがに強烈。

「オレとみさおちゃんはもう一度顔を見合わせて……もう一度泣いた」(ST「享受すべき罪」「恋人と妹」)
Aエンドは印象的なテキストが多い。そして私はここが一番好きです。AエンドとBエンドで地の文が変わっているわけですが、この最後の文章はABどちらも変わっていない。しかし、泣く理由が完全に正反対というのがすごい。

そしてAエンド直後に流れるED『ナツノ宇宙』 もう最悪だこれはなんの嫌がらせだ。

ARCHIBOLD:主人公に選ばれなかったキャラクターの気持ちをユーザーに汲み取ってほしい、という意味で作った。(VFB, p49)

マイメリのスタッフはひねくれもの集団に違いないと確信した。みさおエンドがあるゲームでそれを言いますか。

ちなみにこのエンドが好きな方はこれまた Monochromeの紗耶香、良いですよ。大丈夫です。こっちはちゃんとハッピーエンドしてます。

「レプリスと食事をしなくても済むように料理も覚えた」(AP「レプリスへの謝罪」)
うわぁ……。料理好きの設定にこんな裏があるとかもう鬱。


Q'tronは隙間だらけのシナリオがすばらしい。普通書くだろう! ということまであえて触れていない。たとえば、恭介・恭平がレプリスであることや、レゥBやリースエンドでのレゥのその後などなど。あと、細かい描写を文章ではなく声や演出で表現している部分も多い。それが深みを与えている。こういうスカスカな作品は私好み。逆に言うと、「間」を読み取るのが苦手な方はマイメリシリーズ合わないんだろうな。いや私も細かい演出は二周目やって気づいたんですけどね。

以下、こういった演出面でおおっ! と思ったところをまとめます。

「『荷物持とうか?』とか言った方がいいぞ」「荷物持とうか?」「棒読みで言うな」(ST「ポーター⇔ポーター」)
いつもよりさらに棒読みで吹いた。

「知ってるよ」「知ってるよ」「知ってるよ」「知ってるよ」「知ってるよ」「知ってるよ」(ST「チャレンジ⇔ムズムズ(×2)」)
だんだんトーンが変わっていく。ナイスです。

もとみ編の縁日「擦り切れたレコード」
大前さんの演技と雨の演出、CGが相まってマジで怖かったです。勘弁してください。

「明日はたえさんが料理を作ってくれる」「……それはすごいね~」(ST「生まれたことをお祝いする日」)
恭介が誕生会の相談でたえさんのところに行くのだと察したレゥのボイスが微妙にトーン落ちてる。そのあと地味に棒読みの上のセリフ。ここはたぶん長井さんを褒めるべきなんだろうな。声で完全に演出してる。

ST「歓迎パーティー」
みさおちゃんがレゥを避ける理由を聞くために「ちょっと、外に出ます」
 ↓
たえさんが少し微笑んで「……わかった」
これだけでたえさんがある程度理解したことを表してる。やっぱり「間」が巧み。

「放してください……ってもう、放れてるか」(ST「少女は笑う」)
これには背筋が凍りついた。笑顔で言ってるんだもの。

マイメリは明らかに声が付く前提で書かれたシナリオ。長井さんはもともと演劇出身でシナリオを書いていたようです。→シナリオライターになる方法 その3:シナリオライターズ Qtron
演劇の手法を取り入れたからこそ普通のギャルゲーとは一味違ったゲームになったのかもしれません。いろいろな作品に触れるって、ホント大事だ。

シナリオと小説の違いはこちらが勉強になると思います。
アマによるアマのためのシナリオ講座
「小説と脚本」の違いと、更に曖昧な「キネティックノベル」@榊一郎:Togetter

マイメリをネタに私もこんなの書いてみた。本来は「映画の脚本が悪い」とうるさいアニメドラえもんファンを黙らせるために書いたもの。いかんここでは本音が出る。:シナリオってどんなもの?

最近『Close to -想いのかけら-』をプレイしたわけですが、どうにも違和感が。その理由は、表情の少なさでした。マイメリでは身体のポーズを変えずに表情だけを変えるのが普通にされている。しかし、Close toにはそれがない。おかげでなんか脚本を読んでいる気分が抜けず……マイメリってやっぱり良かったんだなぁ。

そういえばClose toはQ'tron担当じゃないのにマイメリっぽいネタがいくつかあった。特に西川さんはClose toの影響を受けたのかな? 具体的に言うと、
催眠術
(遊那と翔子に向かってトラックが突っ込み)どちらを助けるかなんて選べない!
臓器移植

「選べない」というのは基本西川。

あと、VFBの声優インタビュー(p50)から気になるところを2つ引用。

松岡由貴さん

あまりのセリフ量に、浅田飴のお世話になりました。

Maybeではいくら使った……。Mayの仕事量を2とするとMaybeは4か5くらいありそう。声を職業にする方って、喉の健康保つの大変そう。松岡さん本当にお疲れさまです。

前田ゆきえさん

やってみたいキャラクターですか……。大人の女性をやってみたいですね。落ち着いた、優しい女性を。

一年後にこの夢が叶った。Mayの声優さんって松岡さん以外現在あまり出てないっぽい……。(裏名義とかは知らない) たえ・みさお・恭平のひとは上手いと思うんだけどなあ。前田さんのみさおは微妙な部分があったけど、だから穂乃香でびっくり。うまくなってる。


以上May感想でした。やり直してわかったのは、Mayもかなりレベルの高い作品だということ。私は初回プレイではギャルゲー色が強くてあまり良い印象はなかったんですが、チラチラと出てくる毒はやっぱり普通のギャルゲーとはちょっと違うな、と。もっとも、Mayだけならギャルゲーマー以外には別に薦めませんけどね。

私自身もMaybeはおもしろいからMayは我慢してでもやれという話を聞いていたからやっただけで。もともとギャルゲー好きじゃないし。しかし、Maybeがある以上、やってもらわないとこまる。


<Maybe>

前作やってこその My Merry Maybe. ある意味前作を最悪な形で受け継いだあげくさらに最悪にした物語。

ここまで徹底的な鬱話はそうないのでは。MayやったひとにMaybeのオチを説明したら、Maybeやる気無くなるひとが大半な気がする! それでも、支持する人がそれなりの数いるということは、Q'tronのシナリオの出来が認められたということなんだろう。凄いよQ'tron.

Maybe根本の謎が前作やってないとわからないというのもあるけど、それよりも感情移入の点でやっぱり前作プレイは必須。最初に腕の取れているレゥを見た時点で「何があった! 恭介何をした!」と叫び出したくなった。もう最悪な状況からの開始というのは、前作プレイ済みのプレイヤーにだけわかること。……結局腕が取れている理由は出なかった気がするけど。まあ、数週間一人でうろついていたわけだし、それは想像で。


では、各シナリオ感想です。シナリオは共通ルート・レゥ・由真・みのり・ライカが長井さん、リース・鏡・穂乃香が西川さんです。

まず共通ルートから。

「なぜ、彼女に不信感を抱かないんですか?」「私の仕事は命を救うことだからだ」(ST「緊急搬送」)
玉村先生マジかっこいいです。一方、主人公はしょっぱなから玉村先生にかみついたりと印象悪すぎて、好きになれないんだよなぁ……。いちいち相手のセリフに入ってくるからMayより会話のテンポも悪いし。しょっぱなから否定的な意見で申し訳ありませんが、いちいち相手のセリフに口出ししたり、モノローグがたびたび挿入されたのは、Maybeで一番気になった部分です。

「岸森くんってさ、なんだか老成してるよね」(ST「コンプレックスを感じる瞬間」)
ないない。というか本当に老成しているキャラがこの作品盛りだくさんだからよけい幼く見えてしまう。恭介は高校生だったしテーマが「成長」ということもあって許せる範囲だけど、浩人は嫌いだ。特に西川ルート。ということで浩人が好きな方はこのMaybe感想読まないほうがいいと先に言っておきます。

もっとも、浩人それ違う! と突っ込むことで考えが深くなっていくから、浩人に感情移入できないのもMy Merry Maybeの長所だと私は本気で思っているけど。Bエンドを見ると実は西川さんそれ目的で主人公描いてる? と思わないでもない。考えすぎかなぁ。長井さんの浩人はそれほど嫌いではないんだけど。

主人公が目的なく大学に入って、目的なく教育実習に来たキャラなのは、レプリスの存在意義と対比させるためなのだろうか。あ、そうだ。大学生は皆単位ぎりぎりで卒業やばい堕学生なのが普通とか何様じゃー! 少なくとも私の周りにはそんなひとはいなかった。もしかして私の周囲が特殊だったとかないよね?

「教育実習はほとんど単位を落とすことがないとの情報を手に入れ、お気楽な気分でやってみることにした」(ST「喧騒と歓楽の5月の始まり」)
普通、卒業単位がやばいような学生は教育実習には行けません。教職に関する科目を9科目ほど3年生終わるまでに取らないとダメだから。もちろん卒業単位には含まれない。

そもそも、楽に単位が取れるからとか言っちゃダメです。実習生は普通仕事増えるって教員に嫌がられます。ということで実習に行ったら嘘でもとりあえず「教員志望です!」って言いましょう。

もっとも、なんとなく教職課程取って教育実習行ったら、授業をするのがおもしろくて教師になったって先生が高校にいました。だからなんとなくが悪いわけではなく、行くからには真面目にやれと。

ST「派遣された現場担当者」
鏡さん初登場。単なる自己紹介・設定説明パートに見せかけて、実は重要シーン。鏡さんに関する細かい伏線が大量にあります。レゥが起きたあと直接立ち絵が出る場面は少ないですが、地の文で鏡さんのようすを描写しているところは見逃さないように。彼女が泣きわめくレゥを見て険しい顔をしているのは、「心」のあるレプリスに驚いたからか。驚いたというより、怖かったのかもしれない。しかし、さりげなく浩人をマスター登録して、管理押し付ける気満々の鏡さんなかなか極悪。

ついでに「この町にもあるわよ、レプリスが」も見逃せないポイント。のちに鏡さんが怪我をした手を隠しているところを見て「あなたのことですね! わかります」と考えてしまった私は完全に負け。おかげで穂乃香編の衝撃は凄かった。

「それは困ったな」「あまり困ったように聞こえない口調で……」
たしかこれ、『Monochrome』と『ウソツキと犬神憑き』にもあったぞ。これQの癖? Monochromeもたしか長井パートだった……はず。しまった忘れた。

「おにいちゃん……もしかしてあえないの? ふぇ……ひっぐ、あああああああああああん!!! おにいちゃーーーーーーーん!!!」
もうこのゲームやだやめる、と何度コントローラーを投げ出しそうになったことか。だってやり直すたびに見せられるんですよこれ。つらくてしょうがない。

「簡単に説明すると、基本三権、行政権、司法権、立法権についての各々の関係とそれに伴う実務法について」(ST「少女の言外に」)

説明がやたら詳しいぞ!。ライターも行政法が専攻だったのか・・・?
My Merry May with be:つっとむのネタバレ日記

長井さんは法学部卒だそうです。ニコニコ生放送の講座でおっしゃってました。作家志望の方はどうぞ。→ラノベ作家とかゲームシナリオライターになるために今度こそ本気だす:ニコニコ動画

ST「特別調査チーム到着」
レゥ暴走は何度見ても怖い。しかし実際に暴走したのを見てもまだ危険じゃないとか言うか浩人! Mayプレイ者の私でさえ、ST「踊る会議」の話を聞いて、レゥに対する危機管理をするのは当たり前だと思ったというのに。ましてやあんなのを見たら私ならもう怖くて近寄らないかもしれない。

ロボットが町中を歩いている世界なんて実現するのかな。ロボットが人を殺したら誰が責任取るのかっていう。自分の意志で殺人というのが無くても、過失致死なんかを防ぐのは無理かと。

初回プレイでレプリスのレゥを抑え込む穂乃香さんに違和感があったけど、なるほどね。でも、普通思わないよ。だってレゥを本気で心配して泣いてるんだから。


レゥシナリオ
beレゥは記憶改竄されたMayレゥのコピーと見ていいのでしょうか。「たいしのたいじゅ」の記憶があることから、レゥ03の記憶がベース? すべてのタイプAレプリスの中に入っている「永遠の恋物語」を繰り返すように作られた記憶なのかと最初は思ったんですが、渡良瀬側が焦っているところを見ると違う? となると、恭介がハッキングしてぶちこんだ記憶とか? よくわからない。

とにかく、彼女にバグによる「心」はある、でいいんですよね。レゥ03を見るかぎり「心」までちゃんとコピー可能みたいだし。もしかしてみさおエンドの「心」のないレゥ04と同一の存在ではないかと思ったことがあるのですが、記憶が戻ったときのようすを見るにさすがに違うか。

Aエンドラストの「ひろとくんごのみのレゥになります」は意味深。レーゾンデートルを失って恭介の物語と同じことになるという結末を繰り返したくないんだろうなぁ。「ひろとくんごのみのレゥ」になるというのはレプリスになる、実質レゥ04になるのと等しいわけで、正直ハッピーエンドとは思えないんですが。ここはライカで重要な意味を持ちます。→ライカAより「あたしレプリスだもん。あたしを見てくれる人の好みになるのなんか簡単だよ」

私はレプリスが「心」を持つことには基本的に否定的です。でも「心」を持ってしまったレプリスが無理に持たないレプリスになるのは賛成できません。自分らしくあることの否定であり、生きることの否定になってしまいそうなので。それは相手の都合の良いようにあろうとしたMayもとみを見ればわかると思います。ここ私のリース編感想とちょっと矛盾しますが、リースの場合、心を持たないと思うほうが彼女は安定するのでここは例外。

正直、beレゥは痛すぎる。Mayと比べれば天真爛漫さも減ってるし、なんか我慢している感じがする。どうもホントにMayレゥのレプリカっぽい感じ。beレゥはbeレゥでかわいいことは認めますが。

「だれかがね、おはなししてきたの」(ST「もうすぐだよと彼は云った」)
このシーン幻想的で大好き。でもここ、伏線回収されてないような。月から話しかけてきたのは恭介だと思ったけど、「おにいちゃんのこえはなかった」と言ってるから違うのか? でも「もうすぐだよ」と云った「彼」はやっぱり恭介じゃないかな?

「ぶるぶる!? はやくうごかして! すごいのをかんじたいよう!」(ST「ノスタルジカ #2」)
Mayの変なパンとかこの微妙に18禁なセリフとか、もとみと由真のあれとか、メモオフの打越・中澤電波を感じる……。こら長井、もっとやれ なんでKIDってこんなに電波なの。なんで外注にまでそれがうつるの。

「雌雄の分化が明確になった生物種にはひとつの宿命があるんだって」(ST「『レプリス』」)
そう、「性」が産まれたと同時にまた負った宿命。それが、「死」 詳しくは、田沼靖一 『ヒトはどうして死ぬのか』で。

「恭平様特製のカフェイン三十倍エスプレッソなら入れるぞ」(ST「……がんばりすぎちゃった」)
エスプレッソよりもアメリカンのほうがカフェイン多いんですよ? アメリカンは豆を粗く挽くので豆を大量に入れるんです。もっとも、三十倍エスプレッソはカフェインとは別の意味で目は醒めるでしょうね。

「おまえ、いまあにしたんだよ? え? なに? なにまじ聞こえなかった? もういっかい聞かせてくんない?」(ST「おじいちゃん?」)
わんつーどーんは電波で意味不明なんだけどリース編で無いと淋しいのはなんで。私はこの新お姉さんとジェシファーちゃんの回が一番好き。

しかしもっと好きなのはDC版の警告メッセージ。
「わんつーどーんのお姉さんでーす。まだドリームキャストで一回も起動していない人はおまえ誰だ状態は百も承知でーす」
「オーディオプレイヤーで再生すると故障の原因になるから絶対しちゃダメだぞー。入れたらきっとガガガガピーピーだよー。わかったら、早く停止ボタンを押して、ドリームキャストに入れなさーい」

文章だけではこの凄さが伝わらないのがもどかしい。声優という職業の凄さはこのお姉さんを聞くだけでも十分わかるかと。私はお姉さんの声優をきちんと表示して、褒めたたえるべきだと思うんですよ! 脚本の電波を笑えるものに昇華していてすばらしいじゃないですか。ほんとにおまえ誰だ。

「事実経緯は後日、お送りします。霞が関に直送するのではなくて、まずは、あなた(鏡)に」(ST「レゥはわるいこ」)
恭平が鏡さんに優しいように見えるのは、長井ルートだから? このやりとり、どういう意味なんだろう。恭平が鏡さんのレプリスへかける情熱を理解して、協力しようと思ったのか。鏡さんは少なくともレプリス界では有名らしいし、鏡ルート以外でも恭平は彼女のことに気づいたと考えたほうが自然。


由真シナリオ
またかよ! またですか! そうですか。しかも前作よりもパワーアップしてる。まったくもーQ'tronは。普通に病気かなにかでそれで鬱にするんだと思ってた……。

生まれてくる命に罪は無いし、幸せになる権利もある。子どもを作るつもりがなかったとしても生まれてしまった命には生きる権利があるし、バグで生まれてしまったレゥにも生きる権利がある。そういうことなんだろう。私はそれに異論はないし、ついでに言うと私は心の無いレプリスにも生きる権利があると思う。これについてはライカで。

もっとも、生まれてきた生命に幸せになる見込みがなくても生んでもいいかと聞かれると悩むところ。中絶の問題は難しいなぁ。レイプのように不可抗力でできてしまう、まさに望まれない生命だってあるのだし。

ディックが12歳以下の人間には魂が無いから殺してもいいという設定で「まだ人間じゃない」という話を書いていた。アメリカでは中絶が宗教的に問題になっていて、中絶の手術をする医者を殺害する事件もあるようです。怖い……。

ちなみに日本で中絶できるのは22週まで。あと、日本の刑法では母体から一部が出た時点で人間(=権利が享有可能)、民法では全部が出た時点で人間だそうです。

まあその、ここはとりあえず浩人に頑張ってもらおう。浩人良いやつだ。父親不明の子どもを身ごもった女性を受け入れるとかそう簡単にはできないぞ。途中で「もし良ければレゥちゃんを引き取る」とか結構甘い考えをしてるのが少し心配だけど、由真と一緒なら大丈夫なようなそうでもないような。

このシナリオの浩人は結構かっこよくて好きだけどね。「でも、今は君が救われていない」(ST「広すぎる部屋」)には痺れた。もとみシナリオの恭介がコドモで受け入れられなかったのとは対照的。

しかし、レゥを探しに行くところは恭平のほうが絶対正論で困る。だから浩人。暴走したレゥを見たことあるだろ! 天井の穴を見てもやっぱりまだ危険じゃないと言うか。彼女はやっぱりバグを持ったレプリス。人間じゃない。2人ともちゃんと理解してください。

鏡さんだって何度も言ってるじゃないか。
「可能性の問題ね。人間に危害を加えないという保証はどこにもないわ」(ST「派遣された現場担当者」)、「内部に欠陥がある危険性とは、全く別問題」(ST「踊る会議」) 
人間だって症状は出てなくても、のちに悪化する可能性があるから、病気は治さないと。なんだかんだいって渡良瀬側は彼女を直そうと頑張ってるんだからちゃんと協力してあげてください。

浩人はライカ編でもやらかすし。「ライカが病持ちの欠陥品だと?」(ST「La12:多重人格への憂鬱」)にはなにその精神疾患への偏見! と思った。「じぶんのおからだをなおすことにした」(ST(「不器用に触れ合う家族ゲーム」)、「本当にあたしの心の病気なのか、確かめたいの」(ST「La06:自分探しの旅」)というレゥ&ライカのほうがよほどしっかりしてる。

このへん感情移入できなかったのが痛い。由真の懐妊を知ってすぐに診療所に駆け込む恭平のほうがどう見てもかっこいいんですが。というか由真とのやりとりよりもレゥと渡良瀬の会話のほうが心にくるってどういうことなんでしょうか。まったくもーQ'tronは。

由真エンドのはずなのに、何故俺は可愛い美少女じゃなく画面にジジイが出ているシーンで泣いているのかと…

(中略)

いかん由真の話してない。

(中略)

本当にこれは由真エンドの感想なのか。
My Merry May & My Merry Maybe 感想:うみのあお、そらのあお

笑いました。気持ちはわかります。このゲームのジジイ最高ですから。ちなみに私は玉村先生派。可愛い美少女よりも断然可愛いよ!

しかし、由真・みのりBエンドは、なぜこの選択肢の違いでここまで結末が違うのか。ほかのキャラは納得できるんですが。そもそも、由真の場合Aエンドでも恭平を倒すほどの電磁波を実際に出してるんだし、Bエンドとの違いなんてほとんどないと思う。タイミングが良かったか悪かったかの違いしか感じられない。だから、Aエンドも正直納得できない。

「良いとか悪いとかの思い出を全部抱えて生きる実感、自分の命の存在を感じている」(ST「-それが人生というもの-」)
人間のアイデンティティを構築する要素のひとつが、記憶の連鎖。たとえ忘れたい悪い思い出があったとしても、それをどんどん消していったら自分は自分でなくなってしまう。それを問う話が西川さんの『羊の方舟』 ではレプリスは? これについては穂乃香で。

「誰もが幸せに生きていく方法ってあるの、かな」(ST「ディスコミュニケーション」)
100%無い。このシナリオでわかるように、自分の幸せのためにしたことが、他人の不幸になることは世の中にはたくさんあるから。レゥと一緒に暮らしたいというわがままがレゥを危険にさらす可能性があるのと同じ。

あらゆる痛みのない誰もが幸せな世界:ライトノベル作法研究所
幸せとは欲望そのままに生きることというコメントがあるのが興味深い。つまりは、この作品でも語られている思考停止。結局、つながっている。

「どんなに些細でも我々が原因で運命を変えるものを出すなと命令されている」(ST「突然の面会謝絶」)
恭平が単なる命令に従って動いているとは考えたくない。やっぱり由真やかつきの命を守りたくて動いている。そう思いたい。それがたとえプログラムであっても、心と言いたい。

「恭平は、なおるよ」(ST「不器用に触れ合う家族ゲーム」)
日本語って便利。なおるですよなおる。


みのりシナリオ
レプリスがヒトの命を承継する物語。ヒトがレプリスの命を承継する鏡シナリオと対。シナリオ単体としては一般文芸で書かれてきた普通の話だと思うけど、マイメビでこれをやられると特別な意味ができる。

ヒトとの関係にレゥが絡んでくるところはもとみに似てる。(主人公が必要以上に落ち込むところも) 今作では生命に関することだから恋人との離別に関するもとみよりも重い。でも、レゥに生きる権利があるというのは変わらない。そう語る玉村先生。ここぞというときに登場して玉村先生ほんと良い味出してた。

にしても、あれ? 最年少ヒロインのわりに無難、と思ってしまった私はちょっとやばいかも。Q'tronは

最年少のヒロインを担当しプレーヤーをことごとく鬱にするのが特技。
KID Staff List:Rainny Kids

ですから。ちなみにMaybeまでのQ'tron最年少ヒロインをまとめると、

みなも(Memories Off 1st)
希(Memories Off 2nd)
みさお(My Merry May)
エナ(Erde) ※ただし年齢は「?」 年齢がわかっている範囲では最年少はリオウ。

うむ。リオウ含めて全員屈指の鬱エンドだ。(エナGoodは若干明るめか。私はエナGoodの意味がよくわからなかったけど) というかみなも除いて全員西川さんじゃないか!

話の全体を見せないまま終えるさじ加減が上手く
KID Staff List:Rainny Kids

というのもすべての作品にしっかり当てはまる。この文章考えた方、Q'tronの本質をしっかりつかんでいて凄いなあ。

もう一発。MyMerryMaybe-墜落日記:蒼遠ノ風~ろーとるげーまーの部屋さんより。

KID+Q'tronの化学反応を経験則に則って考慮した結果、「年下は鬱」という法則が成り立つ、と結論。故にみのりはパス。

それは本来正しい。

Q'tronは鬼ですか?

ええ鬼です。由真Aで前言撤回するとか甘いです。由真BこそQの真骨頂。……冗談です。個人的にはMayみさお、beリースみたいなのがQっぽい気がします。

……というかRainny KidsさんもQを鬼扱いしてるし。まあ当然ですよねー。

しかし、「通常のゲームならバットエンドは攻略対象に振られてまたは相手にされない程度なんですけど」というのは間違っています! QにかぎらずKIDは容赦なくぶっ殺します。KIDゲーム自体がそもそも通常のゲームに入らないとかなら別ですが。

もっとも、じわじわと追い詰めて逃れられなくする残酷なQと違ってほかのKIDさんはわりと脈絡なくサクッと殺すので問題ない。鬼じゃない。

長井さんもMayのひとえBともとみB、あと、Monochromeを見るかぎり良いバッドエンドを描くので、由真BとみのりBがとことん黒いのはわざとかもしれません。というより、ごまかしたくなかったのかも。レプリスと違って、人間の生命の消滅は基本的に解釈がひとつで逃げ道がないから。まあ脳死とかアルツハイマーみたいな病気も生命の消滅と言えると思いますが、そういう方面のシナリオじゃないしね。

Bエンドの方が印象に残るのは何故ですか?すっごく鬱になって次のプレイに支障をきたすのですけど・・・。
日々のうたた寝:Rainny Kids

それはQ'tronだからです。あまり話題になっているの聞いたことないですけど、ライカBもかなりいいと思います。「渡良瀬恭介の代理人」というSTが最高。

暗くて重いシナリオだったから最後はMINORIのBGMの明るさに救われた。KID恒例マグロも出てきた! もっとも、大学生が中学生に恋をするのは私はどうかと思いますよ。むしろ、君も大きくなったらもっと素敵なひとを見つけるから、とか言ってあげなきゃいけない立場じゃないですか? 「せんせいだったら……全部許してもいいと思ってるから」(ST「少女はその価値を知り」)とかちょっとまてまてまて。

みのりはサブとくっついて終わりで良かった良かったでも問題なかったと思う。え、ギャルゲーは主人公とヒロインがくっつくもの? そもそもマイメビはギャルゲーじゃないから大丈夫。

「誰かに背中を押してもらいたいんでしょ? だったら私が押してあげる」(ST「少女、別離の時」)
由真いいなあ。校長先生に計画がバレてもまだ浩人を庇うところが素敵。しかし、学校抜けるのはダメと釘を刺しておきながら「これじゃ草津さんにお伺いするのは大丈夫じゃないなあ」な校長先生はもっと素敵。

「あの事故のことであのじじいを責めないでやってくれんか」(ST「少女との約束」)
あのじじい、消去法で考えると玉村先生だよなぁ。みのりのじいさんもしくは恭平、玉村先生が絡んでいること知ってたのか? というかあの事故は別に先生のせいじゃないと思うけど。


リースシナリオ
とりあえずリースの登場のしかたがすばらしすぎる。インパクトは十分。

で、だんだん主人公に腹が立ってくるリースルートに突入。何に腹立つかというと、リースを人間扱いするところ。人間って他の存在を否定できるほど、そんなに偉くないでしょ。ペットの犬に対して、お前は家族だから人間、とは言わない。犬は犬としてかわいがり、人間のパートナーとして認めている。

それなのに、なぜ、レプリスで構わないと言っているリースを無理やり人間にさせようとするのか。レプリスはレプリスとして認めればいいじゃない。周りの勝手で心を持たせられてリースは死にかけた。浩人、そして恭介はリースを殺してしまっていたらその罪をどうやって償う? 実際、Maybeに繋がるみさおAで、そうしてレゥは死んだんだよ?

リースの心は外部から与えられたイレギュラーな存在で、レプリスになりたがっているリースにそれは不要なもの。だからこそ、私はリースが本来のレプリスとして生きるリースBを支持する。それが自然だから。人間になれなかったリースは悲劇とかかわいそうとか、そういうことは感じない。リースはリースだよ。

リースBは心を忘れさせてレプリスに戻るけど、リース自体は案外リースAとたいした違いはないような気がする。恭介が直接プログラムをいじって心を与えている以上、心を消せの一言で無くなってしまうとは考えにくい。リースはおそらく「心を無くせ」=「心の無いように振る舞え」という命令に従って、心が無いと思い込もうとしている。リース編序盤で、違和感を覚えながらも、レプリスのようにあろうとしたときと同じように。

そして、浩人も、リースに心が無いと思い込んだからこそ、リースに心は無くなった。本当は、あるのに。つまり、リースBでも彼女をヒトとして見れば、彼女はヒトになれるのでは。そう、みさおABでレゥ04をレゥと見るか、レプリスと見るかですべてが変わってしまったように。(認識する側が心があると思えば、それに心はあるという話がある。それと同じ)

私はリースBのあと、浩人が新たなヒトとレプリスの関係を見つけることができることを願ってる。彼女はこれからもレプリスであり続ける(正確には思い続ける)しかないと思うけど、それは不幸でも何でもない。彼女が望んだことだから。そして、彼女と生活を共にして、レプリスの幸せについて考えていけばいいじゃない。

別に、恭平のように道具扱いするだけがレプリスの使い方じゃない。恭介のように友達扱い(not人扱い)することも、またレプリスの在り方だと思う。Mayリースは恭平に仕えることのできて幸せだったんだと思うし、恭介と生活して「そういう風に恭平様が接することはないので、つい……」(May, ST「有閑生活」)と頬を染めたときはまた違った幸せを感じた。2つの幸せを得ることのできたMayリースは、やっぱり幸せだったんじゃないかと私は信じてる。

……もっとも、リースを殺してしまったがっくしと単純に思っている浩人では無理かもしれないけど。西川ルートは恭平の態度も微妙。私は長井ルートの恭平のほうが好きです。レプリスをレプリスと割り切っているところに好感。

ただし、長井ルートの恭平の態度に怒るのは正当だと思う。人間が大切なペットをモノ扱いされたら怒るのと同じで。それこそ、人間は非生物のぬいぐるみとかでも愛情を持ったりする。かわいいぬいぐるみをズタズタに引き裂けなんて言われても私にはちょっとできない。そういうものなんじゃないかな、ヒトとレプリスの関係って。

以上はいろいろと深読み。普通に考えればこの話は前作レゥエンドの後継か。自らのレーゾンデートルを見つけられるかどうかのお話。見つけられなければ消滅しかなかったレゥと違って、リースはレプリスとなれるからリースBはやっぱり救いといえる気がする。

意外ともとみの後継でもあるような気がするもとみはレプリス的なヒトが本当のヒトになる話だったけど、リースはヒト的なレプリスがヒトとなる話。意外ともとみって由真・みのり・リースと絡んでくる。もとみはいらない子扱いされることが多いような気がするけど、レプリスとヒトの違いを浮き彫りにさせる意味で必要なシナリオだと思う。その見せ方に少し問題があっただけで。

同じ意味で、Maybeでも由真とかみのりとか鏡とかいらないということは絶対無い。それらの思想を統合して答えを求めるのが穂乃香。最初から穂乃香をやっても意味無いかと。

マイメビはゲームならではの構成が相当練られている。由真・みのり(テーマ:生命)、リース・鏡(心・アイデンティティ)を踏まえて穂乃香(存在意義)を描いているあたり。これらをクリアしなければ穂乃香を攻略できないようになっているのは、お見事。というか4人を総合した結末として穂乃香を持ってくる西川は鬼。穂乃香さん死ぬしかないというのが答えですか!

「マイメビはおもしろかったけど船事故の謎解きまでが長すぎる!」という感想を前に読んで、あーそういう考え方もあるのかーと。ミステリとして読むと確かにそうなんですよね。ただ、私の場合、「由真&みのり」+「リース&鏡」→穂乃香 とテーマ的な答えを出す怒涛の流れが大好きなので、むしろそれまでじっくり考えていくの大歓迎。ライカは結構おまけ。

マイメビって全体的に人間の一方的な都合でレプリスを人間にさせたがる話という気がする。レゥもリースもライカも、人間ではないという自覚はあったけど、人間になりたいなんて言ってなかった。恭介も浩人も、気に入ったレプリスを人間という枠にはめたがっているだけ。傲慢すぎる。そもそも、心のある人間ってすばらしいという考え方自体が私は人間中心主義で嫌いです。このへんは山本弘『アイの物語』をおすすめ。:『アイの物語』感想

私は、人間そっくりなロボット作るよりも人間作ればいいじゃないと思うんですが、『アイの物語』を読んで納得したことがある。介護にロボットはかなり使える。力仕事とかそういうのもあるんですが、特に下の世話。どうせロボットなんだからと割り切れば、羞恥心も薄れるのかと。

それだけなら明らかに心の無いロボットでもいいんじゃないかと言われるかもしれません。でも、なんだかんだいって、介護ではたとえ見かけ上でも人の形をしたものが心らしきものを持ってやるっていうのは大事だと思うのです。

ちなみに、May恭介が嫌いというわけではありません。May恭介≠be恭介は確定してますし。むしろ、May恭介はレプリス(=Mayリース)を少し疎ましく思いながらも、そういうものだときちんとレプリスを理解したうえでリースに優しい扱いをしていて好印象でした。

レゥはヒトだとは言ってるけど、そうしかたとえようがないからそう言っているだけで、本質的にはレゥをレプリスとも認めたうえで受け入れている感じがする。レゥ=ヒトの心を持った「レプリス」という認識かな。「レゥは、レプリスだよ?」「レゥはレゥだろ? レプリスだかどうかなんて……関係ない」(May, ST「レーゾンデートル」) レゥはヒトだよなんて言ってない。恭介のそこがいい。同時に、be恭介はやっぱりMay恭介と違うことが浮き彫りになってちょっと切ない。みさおAのことを考えると、やっぱりMay恭介は考えなしにリースに心を与えたりはしないと思うんだよ。

一方浩人は完全にレゥ=ヒトと見ていて共感できない。もっとも、長井ルートでは「自分は素人でレプリスを人扱いしかできない。鏡さんは医者と患者の関係のように、引くべきところをきちんと引いているだけかもしれない」(ST「個人的なお願い」)と評しているから、あまり不快感は感じなかった。

でも西川ルートは「レプリスを人扱いしない恭平は完全に間違ってる!!!」な思想が出ていてものすごく腹立つ。でも、客観的な状況を判断できるプレイヤーに、浩人のほうが間違ってるんじゃない? と疑問を持たせる、みたいな。Bエンドから考えるに、これわざとだよね。というかわざとではなく素でやってたら別の意味ですごい恐ろしい。

私はMaybeのせいで「人間になりたい "非人間"」の話が大嫌いになりました。(もちろんアプローチにもよります) もともとそういう話に違和感をもっていたんですが、Maybeはそんな話に対してすっきりした答えをくれた。ということで私はMayリース派です。いやbeリースも好きだけど。

なんかやたら否定的なことばかり書いてますが、私はリースシナリオ大好きですよ。レプリスを人扱いすることについて、中盤からは鏡さん以外誰も疑問に思ってない、それは正しいのか? という構造が良い。

長いしカットできないので引用は控えておきますが、2ちゃんねるからひとつ紹介。
-My Merry May&Maybe- ≪Pmfh-00000とんで15≫mimizunミラー 460さん
600字でまとめちゃったよ、私のこの長いリースB感想はなんだったのレベル。

リースシナリオはAエンドだけなら70点。Bエンドがあるからこそ100点あげる。それくらいBエンドは重要だと思ってる。

「レゥの感情は、人の感情と同じってことにはならない?」「ならない。あくまで似たものよ」(ST「リース」)
レゥは、レプリスとして造られ、レプリスの頭脳を持っている。そして、どんなに似ていても、レプリスの頭脳=ヒトの脳となることは絶対にない。その事実がある以上、レゥの心≠ヒトの心

というかなんで浩人は「ヒトの心」にそんなにこだわる。いいじゃない。彼女に「ヒトのような心」が無くたって。たとえ、ヒトと答えの出し方が違っても、レプリスが喜んでいる、悲しんでいるように見えるそれが私の心に響くのなら、実際にヒトのような心があろうがなかろうが関係ない。その現象が私の心を動かした。それは事実であり、真実。

私は決してレプリスのゆらぎに価値が無いと言いたいんじゃない。ヒトの心に価値があるなら、レプリスのゆらぎにも同じような価値があっていいんじゃないか、という話。もっとも、私はゆらぎが小さいからといって価値が無いとも思わないけど。

余談ですが、ここ言いまわしが好き。「わかりました。(感情は無いと)鏡さんがそう考えていることだけは」「そう見えているだけ。彼女にも、そう見えていることを願った」
見えているから、怖がっているんだろうけどね。

「切った箇所は、もうすでに"直"っています」」(ST「真夜中の邂逅」)→「はやく身体を"治"して……浩人さんを安心させたいので」(ST「悪くありません」)
上手い。

「どうしてこの場所がわかったの?」「わかりません。気づいたら、足がここに向いていました」(ST「真夜中の邂逅」)
このことを説明するのに、実はレゥがリースのふりをしている説があってですね。まあ鏡さんがリースのデータ入れたわけだしそれはないと私は思いますが。

「申し訳ございません。レプリスはマスターに嘘をつくことができませんので」
Mayでもさりげなくポイントだった部分。オレがお前に、嘘をついたことがあったか?(May, ST「人形遊び」) ……いや、あったような気がする。

「もしあなたが私のマスターでなければ、次のように答えていたでしょう。とても、悲しいと思います」
だから、リース怖いって……。上のやりとりと、あと「なんだかそれは、悲しくない?」「悲しい?」は少しぞくっときた。でも、人間にも本音と建前があるからなあ。それとどう違うの? と聞かれるとかなり困る。ST「真夜中の邂逅」のやりとりはリースがクールすぎて全体的に大好き。というかそれ以降の心に戸惑うリース、正直かわいそうで見ていられない。

「昔、あなたと同じように私を扱ってくれる人がいました」
前述したように、恭介はリースを人扱いしてなかったと思うんだけど。完全なる物扱いもしてなかったけど、やっぱり浩人とは違うと思う。

「穂乃香さん、……あなたは」(ST「もう一度だけ」)
やっぱりみさおと関係が!? と見事にミスリードされました。いや制作者がそれを意図していたかはわからんが。本当はレプリスってことだったのね。あとで穂乃香さんと話をしているときに2人がリラックスしてたのはそういうわけか。→「でもリースは、そんな穂乃香さんに少しだけ似ていた」(ST「問題ありません」)

「だから君に与えよう。心という概念を」(ST「ポリグラフ」)
最初、普通のレプリスにも心はあるんだよって言っているのだと思った。あえて「概念」という言い方をしたのは意味があるのかと考えて。つまり、レプリスのプログラムに心を感じ取れるかでABエンドが決まったと。

……という解釈は全然違った! 全文を読めばそれが明らかに。
「君もレゥのように自由に生きるべきだ。自分の命の行方は自分で決めることを望む。だから君に与えよう。心という概念を」(ST「行きましょう」)
素直に解釈すると、恭介がリースのプログラムをいじって心を与えたってことだよなぁ。be恭介は人間の心を絶対視しているのが「HUMAN BEING:REU」からわかるし。そんなことするなら、世界中すべてのレプリスに心を与えてやってよ。腕が取れるレプリス続出だろうけど。

……やっぱり、心の存在を信じ切れなかったからこそのBエンドのほうがすっきりしませんか? 絶対的な心は存在するのに心が無いと強引に思い込むという解釈はあまり綺麗じゃない。↑のセリフがなければ私はこっちを取るのに。

レプリスは状況判断を各自で学習していく。それを積み重ねることによって、ある状況でレプリスがどんな行動を取るかは、レプリスの生活環境によって完全に変わってくるはず。それは、レプリスの「個」であり「心」ではないかと。ヒトの心とは違うけど、そういう意味でレプリスの「心」を私は認めてもいいのではないかと思う。たとえプログラムであっても。

「レプリスらしい答えを返そうと、必死だったように見えるな」(ST「心」)
この対極にあるひとがいましたね。レプリスらしくはあるまいと、必死な方が。

リースと鏡さんは、似ていると思う。自分がヒト的なレプリスであることを認めずに、レプリスであろうとするリース。レプリス的なヒトであることを認めずに、レプリスであることを拒絶する鏡さん。

そのギャップに苦しんでいることを察せずに「リース、君はヒトだよ!」と責め立てる浩人はどうなのよ。鏡さんの立場からすると、「あなたはレプリスですよ!」と言われているようなものだと思うのですが。

「お魚にしようかと」「それは、決められた通りの答え? まあ、自分の思考さえ理論だって考えることは難しいから……」(ST「冗談ですか?」)
これは相手がレプリスだから穿ってしまうだけで、本来気にすることではないはず。そもそも人間にも自由意志なんて無いという説が。 →自由意志:哲学的な何か、あと科学とか

人間だって電気信号や化学反応の結果として意識とかいう不思議なものが生まれているんだし、プログラムにもそういうクオリアがもしかしたらあるのかもしれない。そうでないと、誰が言える?

「今の旬は鰹です」
自由意志の話を上でしておいてなんですが。レプリスが魚を選んだのは、旬のことを考えた上でのプログラムの結果とも言えるかもしれない。Mayリースは「本日のおすすめ」をヒントに選んでいたから。

「じゃあリースちゃんも、(ドアの開いた音)、レゥちゃんのようになれるってこと?」「ただいま戻りました」
うわー。リースは触れてないけど、最後の言葉、聞いてたんだ。細かいな……。

「レゥのように」について。私は浩人よりも由真の態度のほうが気になった。「掃除なんてしなくてもいいよ。レゥちゃんのようにのほほーんとしてて」とか。同じことを私が言われたとしたら、無理と答える。私はレプリスじゃないから演技なんてできない。というか、突然そんなこと始めたら周りが無気味がる。それと同じことをリースに要求しているってことに、気づいていないんだろう。もちろん、善意で言っているのはわかってる。

「ならどうしてあなたは、そんなにかなしそうなかおをしているの?」(ST「おこってるの?」)
えええええぇぇぇぇぇ!!!!! 初回プレイのとき心の中で叫んだ。だって完全に中間の声色なんだもん。ここでBGMが止まる演出も上手い。このあたりから松岡さんの本領発揮。松岡さん、どこまで職人だよっ……。レゥ・リース間だけで レゥ>レゥを演じるリース>「どうしてあなたは……」>レゥを演じ切れなくなったリース>リース と5つくらいはある。上手いってレベルじゃないぞ。このゲームは松岡さんを宣伝するために創ったと言われても信じる。

Maybeは松岡さんだけでなく、声優の皆さん全員上手い。凄いと思ったのは、話しはじめや終わりに「くすっ」とか「うぅ」のような声がよく入っていること。こういうことの積み重ねで感情がわかりやすく読みとれる。

声優さんのお仕事は、話を解釈して文字としては描かれていないことを表現することにあるんだろう。だから、人間が必要なんだと思う。別に声優さんに限ったことではないけど。ゲームでいうなら、表情変化やBGMの挿入タイミングを決めるスタッフの方なども。

ところで、皆さんはリースがレゥを演じているのに気付いたのでしょうか? 私は「リースにレゥのふりをさせる」(May. ST「偽家族」)というセリフを思い出して、最初から疑ってました。行動もbeレゥとはちょっと違うし。(Mayレゥに近い) 声も少し違う感じがしたのですが、リースの格好のレゥに違和感があるだけかな? と思い確信にはならず。これも制作者の意図だったのか…? というか、聴き比べてみると、明らかに違った。

「君のアパートに、もう一人の同居人を増やせる余裕があるとは思えないが」(ST「レゥはここにいる」)
由真も言ってるけど、実際、人を一人育てるって大変なことなんですが。しかも浩人まだ大学生だけど大丈夫なの? 浩人は金銭面の適当さが目立つな。レプリス連れて帰る! 高価だなんて知ったことじゃない! っておいおい。

「原始的で安定しているOSを別に入れておく方法は知っているか」
確かにOSを複数入れる方法はある。でも、それは不具合を避けるためであって、古すぎるOSは逆に不具合を起こすから普通は入れないはず。個人的な経験では、3世代前のOSから対応しない感じ。(Windows7が出たとき、Windows2000に対応するパーツは結構少なかった) まあこれはWindowsの話なので、他の分野では違うかもしれませんけど。でも現にレゥのOSは古すぎて暴走したじゃないか。意味無い!

ST「レゥはここにいる」「猫と催眠術」の猫の話が穂乃香編につながるのが凝ってる。

「なにも考えることができないのが幸せだとすると、そうかもしれないな」(ST「悩んでいます」)
ぴったりな言葉があったので紹介。

『不信の停止』が幸せを招く(中略)疑わずにはいられず、ゆえに動き、ゆえに数多の不幸と幸せを踏んでいく。クインビーは幸せを保証したが、人間は幸せ以上のものを求める生き物だ。
『ゼロ年代日本SFベスト集成<S>』, p139, 小川一水「幸せになる箱庭」筆者のことばより)

ついでに伊藤計劃『ハーモニー』 もいいですよ。:『ハーモニー』感想

「よく考えるのはいいことだよ」(ST「そんな嬉しそうな顔して」)
西川さんだなぁ。

考えること自体が、意味あることなんじゃないか。それが生きるってこと。
(『Erde ~ネズの樹の下で~』 ST「死生」)

そう。Erdeでそういう結論を出した結果は。

「血の繋がりのある、無心で信じられる家族がいたのなら……」(ST「裏切られるから」)
えー私は家族こそ一番信用ならない存在だと思うのですが。家族なんですのひとことで住民票取って逃げたひとを追いかけるなんてことも昔はできたし。(最近は家族だろうが同一世帯でなければ本人からの委任状が必要です) そういう家族トラブルかなり聞きますよ。ということで後の浩人の「血なんて実はどうでもいいんじゃ」という主張を私は支持。すみません夢無いですね。

そういえば、親の幸せを子に押し付ける親も多い。本当は自分のためなのに、無意識で相手のためと勘違いしてる。子の側が迷惑がってやめるように言っても当然聞かないし、周りに相談しても「親は子のことを想ってるんだよ」 なんという理不尽な世界。いやこういうの本当に多い。

「行きましょう」「手を、お貸しします。マスター」(ST「行きましょう」「手をお貸しします」)
同一CGを使ってプレイヤーを正反対の気分にさせる西川必殺技発動。(みさおABの演出と同じ) 同じものを見てもまったく違う印象を受けるヒトの心。その正体は、いったい何?

野暮な突っ込みかもしれませんが、「行きましょう」というST、二人目ルートにもあります。

「起動に成功した。そう、正しい人格だ」(ST「会いたいか?」)
鏡Aでもそうですが、全然焦っていないところを見ると、真レゥではない? ここ、少し矛盾。

西川B,Cエンドは締めの文章もお気に入り。

「その笑顔が余りにも自然だったから、オレはなおさら、悲しくなった」(リースB)
「そうして動いている姿は、強く誰かのことを思い出させた。それでも――それはオレの知らないレプリスだった」(リースC)
「そう……ありがとう」「なぜか彼女は、そう言って微笑みを浮かべた」(鏡B)
「思い出は美しく――現実は、それなりに残酷だった」(穂乃香B)

文章だけ書いてもあまり良さが出ないな。絵を合わせた雰囲気がとてつもなく心に響く。あと、ゲームならではの改ページも効果的にされてる。正確に書くなら「~思い出させた。それでも――」「それはオレの~」と分かれているところが良いのだ。

西川さんの文章自体にはそれほど見るべきところはないと思うけど、西川さんは普通の文章を積み重ねて雰囲気やシチュエーションを出すのが異様に上手い。もしくは逆に、シチュエーションに合う文章を気取らずにばっちり決めてくる。

西川さんはS=Rだと、最愛の人を手に入れてなんとかやらこれって贖罪なんとかやら、技巧に凝った文章が目立った。S=Rはセンテンスで抜き出してもインパクトのある文章が割とある一方でMMMbeはシチュエーション重視の文章が多い気がする。いや、本当に気のせいかも。

でもやっぱり長井さんも好きなんだよなー。
「ほら、『彼女』の笑顔が曇ってきた。はやく、今ならまだ冗談で済ませられる。――でもオレは、笑い方を忘れてしまった」(ST「La11:揺らぐ現実」)


鏡シナリオ
前にドラえもんの「みんなで体をとりかえっこ」という話で「のび太の頭とスネ夫の手とジャイアンの胴とドラの足を持つ私はいったい何者なのか」と冗談で言った私。:みんなで体をとりかえっこ 感想

しかし、自分は誰なのか? という問いは科学や医学の発達によってさらに考えさせられるものになっていくと思います。鏡さんに限った話ではない。

臓器移植は一人の人間の死によって一人の人間を生かすシステム。さらに言うと、少なくとも心臓はまだ動いている人間を殺して自分が生きるシステム。された側からするといろいろ悩むことがあるのかと思う。ということで鏡ルート後半の「私が私であることをどうやって証明するか?」という問題提起は恐ろしい設定なだけに非常に心に迫ってくるものがあった。

過去にレプリスを殺してしまったみさおと鏡、そしてそのあとに同じことをしてしまった恭介と浩人。罪を共有する二人。罪の意識がある以上、鏡さんは少なくとも純レプリス、ではないと思う。ってこれみさおAじゃん! みさおちゃんも過去にレプリスを殺したことがあったからこそ、レプリスに心なんて認めたくなかった。

鏡ルートは個別ルートに入るまではまさに完璧。鏡寄りのリース/鏡ルート途中の心の追究はリース寄り以上に深く、ものすごく考えさせられた。そして鏡ルートは穂乃香・ライカルートのテーマ(ヒトとレプリスの生命・レプリスの心・アイデンティティ)を語る上でもはずせないシナリオ。

だからこそ個別ルートに入ってからの失速がもったいなさすぎる。私は純粋な人間じゃない→それでも愛してる!→OK! で終わりはちょっと困った。中間にストーリーを入れて、鏡さんが自分を受け入れる過程をもっと描いてほしかった。

あと、鏡さんが鏡ルート以外は蚊帳の外なのも失敗。本来の人格ルートでもっと使ってよ! 穂乃香・ライカと絡ませれば鏡ルートで足りない部分の補完ができたかもしれないのに。あと、タイレル社のメンバーをも驚かせる鏡さんがどうやってレプリスを学んだのか明らかにしてほしかった。玉村先生の協力だけでは無理でしょ。リースの存在を一人で説き明かすわリースの演技を見抜くわハッカーとの会話チャンネルをすぐに当てるわこのひと何者よ。鏡さんを雇わないのは明らかに世界にとって損失。あげくの果てに漫画版"My Merry May Believe"でもハブられてるって何なのよ!

このように微妙に不遇な気がする鏡さんですが、キャラとしての出来は一番良いと思う。並べるとキリが無いのでやめておきますが、微妙な感情変化がとても上手い。レゥ・リースの行動ひとつひとつにを怯えている鏡さんは見るに忍びないものがあった……。あと、リースが気を失った後、同情的に優しくなったとき、浩人といっしょに「こんな人だっけ?」とシンクロしたのはさりげなく凄かったと思う。

「暇なら、喉が渇いたから麦茶でもついできてくれない?」(ST「オレンジジュースと検査」)
ここでこのひとが大好きになった。いやなんでと聞かれても困るけど。微妙にマイペースなところが、かな。このあと町の案内をしたときの「ほとんど説明無しだったじゃないですか……」「毎年の漁獲量でも聞きたかったの? 田畑の所有者の話でもする?」(ST「観察」)で確信した。このひとはおもしろい。

ところで、未来の世界でCRTディスプレイはないだろう! たしかに液晶はブラウン管にはかなわないとは言うけど、今の時代、医療用ディスプレイもほぼ液晶になってるはず。これに限らず、根本的なところが結構旧式ですよねこの作品。ここまで技術が進んでいると、コンピューターも現在のものとはまったく違っていてもいいような。

「鏡さんは実は、人の世話を焼くのが得意そうです」「そうかもしれないわね」(ST「観察」)
もちろん、人の世話を焼くのが得意な人間は世の中にたくさんいる。素直に受け取ればいいものを、曲解して恐れを感じてしまう鏡さん。リースと鏡さんってやっぱり似た者どうし。リースも「レゥのように」を「レゥそのものになれ」と曲解してしまった。本当は「レゥのように自由になってほしい」という意味なのに。

「まだ怖いのか?」「……なんのことです?」(ST「あのレプリス」)
2周目プレイの際はここ注目。軽く流されてますが、相当重い場面。あのレプリスというのは素直にレゥのことでいいと思うけど、穂乃香さんにも当てはまる。そして、少なくとも「まだ怖いのか?」という問いは穂乃香さんのことを指している。鏡さんと穂乃香さんの心境、察するに余りある……。
ST「散歩の途中」 リースと穂乃香さんの会話のときに後ろに控えて、最後に顔をしかめる鏡さん。ちょっと怖い。

「意志を持ったロボットが反乱を起こす類のサイエンスフィクションは、お嫌いかしら?」(ST「ポリグラフ」)
レプリスが「ヒトと同じ」心を持ったら反乱を起こすでしょう。ほぼ間違いなく。でも、前述したようにレプリスのゆらぎ≠ヒトの心である以上、反乱を起こそうと思わない可能性がある。人間の心って不合理なんですよ。無駄に戦争起こして人を傷つけたりする。

「人間は無意味なことばっかりしている。バカじゃないの? ロボットは完璧で合理的でだから、反乱なんてするわけない」とロボットに主張させる話が『アイの物語』 これ以外にも、高度な知性を持った生物が、倫理的にも高度になる話はいろいろ書かれていたはず。

ただ、私は正直反逆起こすとか起こさないとかどうでもいいんですよ。私は「ヒトの心」とは新しいものを創造する力ではないかと思っているんです。本や映画のような創作はもちろん、仕事で企画立案をするのも、予想外のトラブルに対応するのも、人間でなければできない。だからこそ、機械化が進んだ現代でも人間はやっぱり必要なのだと。そして、そんな心をロボットが持ったら人間の存在価値は何なのか。私は、それが気になってしかたない。

「リースに、バグだろうと心が存在してしまったなら、それは祝福されるべき事なんじゃないだろうか?」(ST「距離と距離感」)
だからなぜ心を特別視するのかと! 人間にだって、相対的に感情豊かな人間とそうでない人間がいる。前者が偉くて祝福されるべき存在とでも? ゆらぎの大きいレプリスと小さいレプリス。それを個性で片づけてはダメなの? まあ工業製品である以上、人間の価値観から考えると個性は必要ない。でも、客観的に見てどっちが優れているとかはないはず。

「心なんてものを認めなければ、もっと幸せになれるのに。……あなたがね」(ST「レプリスと権利」)
最後の「あなたがね」は本来「私(鏡)がね」と言いかえるべきなんだろう。でも、心を認めることで、幸せになれることもある。もちろん、私が、だけど。犬をなでたらうれしそうに鳴いてくれる。本当に「うれしい」と感じていると思ったほうが、私は幸せ。実際に犬がどう思っているのかは私の知ったことではない。

→「君は彼女にとって幸せな方法ではなく、自分の幸せに固執するんだな?」(ST「特別調査チーム到着」)
人間なんて根本はそんなもののような気がする、たぶん。私はそうすることを肯定はしないけど、否定もしない。ただし、独善にはならないようにしないと。人間って悪意の行動よりも善意の行動のほうが恐ろしいことが結構ある。

余談ですが、Twitterって善意が溢れすぎててマジ怖いです。「友人が行方不明になった」って人の個人情報流すなー!!! そして見てる側も安易にRTするなー!!!(これ→東北大学生が行方不明という情報について:Togetter

閑話休題。この作品でいうと「人扱いされないレプリスかわいそう!」ってことで。

他人のため? 自分のため? これは穂乃香ルートまで持ち越しに。

「こんなにも、世界はレプリスで満ちあふれていたのか? もし、今自分の手を傷つけてみたら、同じように泡を立てて消えていくのか?」(ST「ナイフと睡眠薬」)
My Merry Mayという作品はフィリップ・K・ディックという作家の強い影響を受けているはずです。それが露骨に出ているのがこの部分。

ディックは自分自身に不信感を持ち続けた作家で、自分の見ているこの世界は幻なのではないか、人間だと思っている自分はそもそも人間ではないのではないかといった作品をたくさん書いています。マイメリファンなら文句なしおすすめ。というか読め。

なんでこんなに薦めるのかって? だって私自身がもともとディックファンだから。詳しいことを聞かずに買ったマイメリがまさかこんなにディック的な作品とは思わなかった。

とりあえず、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は読みましょう、と言いたいところですが、これはちょっと難しめかも。私のおすすめは……短編集全部。ディックの短編にハズレなし。とりあえず、『アジャストメント』をあげておきます。長編なら『ユービック』
『アジャストメント』感想
フィリップ・K・ディックと藤子・F・不二雄とマイメリな三角関係

「移植用のレプリスには、本能さえも与えられていない」
本能を「与える」ね。なら、生命に本能を与えているのは、誰? そもそも与えられた本能って本能と言うの?

MayのST「世界の認識」で流れるニュースで既に臓器移植の話が出てる。発売当時、Maybeの制作が決まってなかった(PSP限定版ブックレットより)なんて嘘だろ……。

改正臓器移植法で生前に本人が拒否していない限り、家族の同意で移植できるようになったから、臓器移植に関しては皆さん調べておいた方が良いですよ。興味がなければ、とりあえず提供しないという意思表示をしておくことをおすすめします。→臓器移植法の改正について:厚生労働省

意識が無く、何も反応しないのが脳死状態とはいいます。でも、ドナーにメスをいれると、脈拍や血圧が急上昇する。だから麻酔をかけて処理することも多い。もしかしたら、体を動かせないだけで、意識はあるのかも。痛いと思っているのかも。

意識があるというのは極端な話としても、人工呼吸器を付けている限り身体はエネルギーを作りつづけるし、温かいし汗もかく。それを「死」と見なしていいかはやっぱり考えるべきことだと思います。こういうのがわかってないと鏡さんや某KIDゲームの橘小雪がなぜあんなに移植に嫌悪を抱いているのかが掴めないと思うよ。

「レプリスに、心はあったほうがいいと思う?」「……さあ?」「そう……ありがとう」(ST「否定と感謝」)
「あると思う?」ではなく「あったほうがいいと思う?」というところが西川さんらしくひねくれているというかなんというか。この問いは、My Merry Maybeという作品の根本をなす重要な質問だけど、鏡さんが問うことによってその重さは2倍増し。個人的には、Maybeで一番印象深いセリフで、私をいままで悩ませている問いでもある。最後の鏡さんの淋しそうな笑顔が、頭から離れない……。

レプリスに心はない。そう思うことによって自己が救われるのであれば、それでも私は構わないと思う。たとえ、それが自分のエゴだったとしても。でも、鏡Aを読む限り、彼女はそれで救われることはないのだと。

彼女は最後の最後に、レプリスに心はあったほうがいいか、という問いを出してしまった。それは、レプリスの心を頑なに否定する自分の否定であり、これから彼女はレプリスの心についてずっと考えていくことになるのかもしれない。それもまた、救いなのだろう、と思った。

……ここの解釈よくわからない。どなたか教えてくださったら私泣いて喜ぶ。ごめん嘘。

小林沙苗さんは私の好きなアニメMADLAXにも出ていたなぁ。そういえばMADLAXもいろんな意味で微妙に鏡さんチック。単なるガンアクションアニメだと思ったら、好みのSF展開に変わっていって歓喜した。

鏡さんはところどころでわずかに覗かせる本心が良い。鏡さんの出番はリースに食われてしまっている印象はたしかにあるけど、浩人とリースとの会話も鏡シナリオの一環なので。再プレイするときは直接鏡さんが関わっていないところが鏡さんにどう関わってくるのかということを考えながらやってみてください。あとは細かい表情変化や地の文もお見逃しなく。

一般的には穂乃香ルートの評価が高いようですけど、私はリース/鏡ルートのほうが好きです。心について掘り下げていく過程が良い。穂乃香ルートは彼女がレプリスというのが判明するまでは普通の恋愛ものだったので、少し評価が落ちてます。


穂乃香シナリオ
Mayに続き普通ならサブヒロイン、悪く言えば数合わせに重要な役どころを当ててくるとはおもしろい。

穂乃香さんはきっと、周りが悲しむのを知っていながら、ただハーレクインのような恋愛がしたくて自分のエゴを通したに違いない。彼女は知っていたんだよ。バックアップから復活して再び恋をすることを。じつはライカなんてどうでもよかったのです。

「あ! どうしよう。お米、買い忘れてた……」(ST「Don't forget」)
わざとです。絶対わざとです。適当に用事を作ったんですよ。だってテープ残さないとこのイベント出ないもの。そう思うと「手伝わない」を選んだときのBエンドは意味深。一瞬見せる、悲しそうな顔……。

「穂乃香、今日は休みでいいぞ」
→「ありがとう、先生」
→「じゃあ、岸森さんに町の案内をさせて下さい」
→「前に来たのは私の知らないくらい昔の話でしょう?」
→「そうと決まったら、さっそく行きましょうか」
(ST「Harlequinade」)

爆笑。穂乃香さん素敵な腹黒キャラ。このヒトほんとにレプリスですか。打算的なところがいかにもヒトっぽい。そんな穂乃香さんが私は好きです。Aエンド分岐後に好感度急上昇のキャラでした。

では本題。新品交換された穂乃香IIを受け入れられるかで決まる穂乃香ABエンド。やはり穂乃香IIを別人と見て受け入れないエンドがSadなBエンド。穂乃香IIも別人とみなしながらも再び恋をするHappyなAエンド。どちらも良い。

みさおは「ホンモノ」であると思うか「ニセモノ」であると思うかでわかれるエンドだったけど、穂乃香は「ニセモノ」であることを知っている前提の解釈でAとBにわかれるあたり、みさおAとある意味、対になる。MayとMaybeの重要ヒロインで正反対なエンドを描いてくるとか、どういう嫌がらせですか西川さん。(ただし、みさおAレゥは完全に「心」の無いレプリスになっているから穂乃香とは少し違うことに注意)

もっとも、私は穂乃香Iと穂乃香IIを同一と見なすエンドでも良かったと思うけど。だって彼女はレプリスなんだから。人間からすれば「記憶の連鎖」は人間のアイデンティティを構成する要素の一つだから、穂乃香IIをIと同一と認められない気持ちは人間としてわかる。

でも、レプリスの穂乃香からすればバックアップから再起動するのは普通のことで、レプリスのアイデンティティは記憶に左右されない。つまり、人間の目から穂乃香IとIIの同一性を語るのは間違ってると思う。穂乃香自身も死ぬ、死んだという意識はまったくなかったと思うし。

ちなみにErdeのエナシナリオもこのへん興味深いです。エナを見ると、西川さんはオリジナル≠コピーと考えているような感じを受ける。だから、(一応)別人として愛するオチになったのかも。

日々の生活でデータが書き変わって行動方針が変化する以上、レプリスのアイデンティティにまったく記憶が関係ないわけではないとは思います。ただ、人間ほど記憶にこだわらないのも確か。だからこそ、浩人に「その後」の話をしたんだと思うし。

今のところ私は人工的に創られたデータ上の存在に限るならオリジナルとコピーの同一性を認めます。だってコピーされることが前提の存在ですから。すなわち、レプリスのボディが違っても、オリジナル=コピーと見なしますね。(現実でレプリスみたいなのが創られて、本当にそう思うかは自信ないけど……。とりあえず思考実験では)

「生物」をコピーできるようになったらどうなるんだろう。もしそんな時代が来たら「生」と「死」がどういう意味付けを持つのか。もっとも、実際にできるようになったら、私なんでそんなくだらないことで悩んでいたんだろうで終わるかもしれないけど。そういう技術が当然になったら価値観自体が変化するはずなので。

つまり、やっぱり新品交換が普通に行われるレプリスに対して「新しい君は前の君とは違う!」というのはおかしいのではないかと。リース/鏡ルートのリースのセリフにも注目。→「自分が別の身体に……その、入れ替わっているような状態なのに……」「私達はもともと、そのように作られたからです」(ST「真夜中の邂逅」) 

私は、記憶が同一でなくてもある程度の期間の記憶の差なら新品交換OKだと思います。といいつつ、じゃあ2つのボディに頭脳をコピーして同時に2体起動させてみたらどう思う? なんて。オリジナル=コピー派の私も正直かなり悩む。

レゥ、だけでなく一般的なレプリスはコピー取れるから邪険に扱ってもいいというわけでもないと思うし。体壊れちゃった! まあ脳が残ってるからまたやり直せばいいやとかはダメだと思うんだよね。受けた痛みは消えることのない本物だから。

ここでMayアペンド "May the Road Rise" みさおAで重要なのは、「命」を失わせてしまったという事実であって、レゥもどきをもう一度創れるかなんてどうでもいい(むしろ、同じことを再び繰り返す可能性が出てくる)と思うのでシナリオ自体はあまり好きじゃない。細かい作りこみは大好きですが。「レゥのマスターは、お兄ちゃんに決まってるよ!」

穂乃香I=穂乃香IIに納得できない方は、穂乃香シナリオの穂乃香さんとそれ以外のシナリオの穂乃香さんが別人か? なんて考えてみるといいかも。……自分で言っておきながらちょっと違うか。でも、無数のパラレルワールドが存在するなら自分の存在意義は何か? を考えるSF作品はあります。→イーガン「無限の暗殺者」・神林長平「かくも無数の悲鳴」:NOVA2感想

記憶が人間のアイデンティティといっても、記憶喪失の人間が喪失前の人間とまったく別人かと言われるとそうでもないと思うし、正直よくわかりませんはい。アイデンティティって何なんでしょうね。

と別人として愛するという浩人を一応批判はするけど、別人というのが正直言い訳のようにも聞こえるからなー。本人として見ているところも絶対あるよ。まあ、どっちにしても穂乃香IIを受け入れられた=レプリスを理解できただけでもかなり成長してる。だから別にこれで良い。

それよりも、まったくレプリスを理解できず、浩人が穂乃香を強引に止める穂乃香Cエンドがあればさらに良かった。その後、レーゾンデートルを失った穂乃香崩壊……。わーすてき。

生命をテーマにした話で結論が???な作品が多いと思う。たとえば『臓器農場』という作品は、脳が欠けたまま生まれてきてすぐに死んでしまう子の臓器を移植するのはOKか? というテーマ。でも、その結論を出す過程があいまいで問題提起に終わっている感じがした。:『臓器農場』感想

そんななかでマイメビは本当に良くやった。ポイントは、穂乃香さんが「自分がそうしたいから」というわがままを通したこと、周りがそれを止めなかったこと。そこにある。それが、レプリスの生まれた理由、とはっきり答えを出した。ここを私は非常に評価してる。

しかし、穂乃香シナリオには欠点が一つ。リース/鏡ルートで語られる「心」の存在が普通に認められているのが痛い。いわば神から与えられたバグという心を玉村先生が創りだすのはちょっとまずい。もっとも、前述したように穂乃香ルートのテーマは「存在意義」だと思うから、あまりここにこだわるべきではないかもしれないけど。


さて、穂乃香とは別に、本来の人格ルートで明らかになる驚愕の事実。それは、43年前にさかのぼる。

まあ前作から相当時間が経っているというのに気付かない方はあまりいないのでは? 5月でセミが鳴いているのも半袖なのもまったく気づかない鈍い私ですが、レプリスが普通に受け入れられていること、レゥが旧式のOSということでわかりました。(みのりの水泳は、漁師の娘はこんな寒い季節から泳いで凄いなぁと華麗にスルー)

でもやっぱり、小説版の43 years ago...... はダメだろう! Amazonでゲームを買うつもりで検索したらついでに見えちゃうじゃないか! 某ゲームのドラマCDでも同じパターンが。

「私は恭介の幼少時に『彼の兄』として作り出された存在だ」(ST「La13:津久見高校」)
恭平兄さんはきっと、最近死んだ本物の代わりに作られたレプリスなんだ。恭介が子どものときにあんな精巧なレプリスが作れるはずがない! とMayのときから思ってた。
→作れた。……はあ、そうですか。そうじゃないとたえさんの経験と矛盾するか。

しかし、レプリスを管理するNBOのトップがレプリスで、さらに自分の手足のレプリスを管理職に就けるとか……言い方は悪いけど、狂ってないか? 人間はレプリスに管理されるんじゃないか? やっぱりマスターがいなくても動くレプリスは怖いと思う。それこそ、レプリスはずっと生きていくことができるはずだから。

恭平兄さんはギリギリの存在意義で身体を保ってるみたいだから、ボディを変えてもたぶんダメなんだろう。しかし、穂乃香さんのように完全に自己を確立させたら? しかも、もし人を傷つけても構わない方向でレーゾンデートルが確立してしまったら? それはまた別のお話。

穂乃香ルートでは全部が明かされることはない。すべての真実は、ライカが握っている。

ST「お食事会」
かわいい、かわいいぞー玉村おじいちゃん。穂乃香編はレゥも相当かわいいけど、おじいちゃんもいい勝負してる。お食事会のイベントは転がりそうになった。

だいたいこのゲームおじさんのアップCGで開始するんだよね。ほかにもみのんのおじいさんのアップCGもあるし。

こんな状況ですがマイメリは女の子といちゃいちゃするゲームです。ただし自称。実際はジジイのかっこよさに惚れ、ジジイのかわいさに転がり、ジジイの生きざまに泣くゲームです。

……ギャルゲーのシナリオとしてマイメリを書いたQ'tronはやっぱり馬鹿だ。それを受け取って素直にギャルゲーとして出すKIDはもっと馬鹿だ。ああ私泣きたくなってきた。

玉村先生に限らず長井さんの男性キャラ良すぎる。が、それをヘンなほうに勘違いしてMonochromeで暴走……。まったくこまったひとだ。(詳しくはMonochrome ネタバレ感想で)

「決めなければならない時に決断できる人は少ないのかもしれませんね」「恭平さんなら」「だってあの人は……」(ST「海よりも広く」)
気づいていた、と見ていいのか。でも、逆に恭平は穂乃香さんに気づいてなかったよなぁ。リースは気づいたみたいのでマスターデバイスだからという言い訳はできない感じ。

……恭平兄さんダメじゃん! 鏡さんや玉村先生に出番とられたあげくこんなのか!

「ずっと前、フロッピーディスクが使われていた時代ってあったでしょう?」(ST「The cat died」)
……DVDが使われなくなった時代にそれは通じるのか? 2011年現在でもう絶滅に近いメディアですが。Windows OSには一緒に買ったパーツを使うことで安くライセンスが得られるDSP版というものがありまして、少し前までは安くて壊れないFDDを使うのが定番だったのですが、いまはもうそれすら無いですね。

「君は自由だと言われて制約を外されたとしても、生きていくことはできません」(ST「I was born」)
人間もいっしょ。リースルートで「君の好きなように」と浩人は何度も言っているけど、人間だって好きなようにと言われると時と場合によっては非常に困る。

似たようなことは学校でうるさく言われたような気がする。でも、この作品で言われるとこのうえなく心にくる。60時間ほどこのテーマを語ってるからなぁ。教師が一分で語ったところでむしろ反感買うような気がしないでもない。

「私がそうしたいから、そうするんです」
鏡さんに半身を移植したレプリスも、心があったらこう思っていたと考えれば、救いになるはず。ここで鏡シナリオの結論。

「レゥちゃんは誰かに対して見返りを期待していないんです。ただあの子自身の感情があるだけなんです」(ST「惹き付けてやまない才能」)
穂乃香さんは、レゥになれたんだね。ここのSTは穂乃香シナリオに続く伏線ありまくり。玉村先生がかわいいのも伏線。

"Illusions"は暗いですがMaybeで一番好きなBGMです。かかる場面がバッチリ。真夜中の邂逅、ポリグラフ、催眠術、鏡さんの告白、そしてI was born.

阿保さんはダークな曲がホント良い。ちなみに私がEver17で一番好きな曲は"Drittes Auge nehmen"でした。いま考えるとIllusionsと結構似てる。あと、阿保ファンはいまからでも遅くないからサントラつきのMonochrome限定版買うように。

「私の名前、梅とかになってたかもしれないんですよ?」
ここで原作クレヨンしんちゃんマニアな私がお教えしよう。ばら組のまつざか先生の名前は梅という。(……これって有名だったりするの?) お見合いで本人は「梅さん」と呼ばれるの嫌がってました。ちなみに梅さんのお姉さんの名前は松、竹。

「人は多分、自分のためにしかなにかをできないんだと思う」(ST「Don't cry」)
誰のために? と穂乃香編まで問い続けてきたMy Merry Maybe. ここで、一つの結論が出た。

穂乃香編はSTがかっこいい。英語だからそう見えるだけか。ここで好きなSTまとめ。
共通「もうすぐだよと彼は云った」
二人目「できれば演技でない事を」「猫と催眠術」「私はレプリスです」
由真「不器用に触れ合う家族ゲーム」
鏡「嘘と錯覚」
穂乃香「The flying pan」
(←笑った)「I was born」「Like a Harlequin」「Harlequinade」「Another one」
ライカ「La05:笑顔に繋がると信じて」「Laex:渡良瀬恭介の代理人」


Harlequinはもちろん小説レーベルの意味もあるんだろうけど、本来の意味は……(goo辞書:Harlequin, Harlequinade


ライカシナリオ
序盤でレゥに厳しくしていたせいでライカA行けないようわーんとなったのは私です。

人間になるレゥという意味でMaybeレゥAと対照的。レゥAは謎を振りまいているだけと言われがちですが、ライカAとの対比で重要な話だと思います。構成凄い……。

ライカは、最初その振る舞いのありえなさを見て、なんか踏み込んではいけない領域に入ってしまった気がした。こんなロボットできてしまったら、正直いろいろな意味でやばいんじゃないかと。起動前はMayリースのような普通のレプリスを想像してたから、驚きはさらに大きかった。

もっとも、「やらしーメガネを着けた人があたしの裸みてるんだもん、そりゃ大声も出して抵抗するよ」(ST「La20:再起動」)には同意せざるを得ないが。

しかし、ライカの造形の上手さには感動した。こんな女の子いたらともだちになりたいと本気で思った。意外とこういう素直なキャラ、メディア問わず少なくない? 私の読書量が少ないだけか。とりあえず、ギャルゲーって電波キャラばっかだよね。……これもあまりギャルゲーやらない私の偏見か?

で、ライカエンドのポイント、HUMAN BEING:REUですが……。この結末だと、結局祝福されるべきは人間と「心」を持ったレプリスだけということになってしまうような気がするんだけど、「心」の無いレプリスもまた同じように祝福されるべきではないかと私は思います。

鏡さんに半身を移植したレプリスには心は無い。だからレプリスの命を奪って生きるのは当然で感謝なんてする必要ないと言われたら、私は絶対違うと思うんですよ。鏡さんの生きる価値を否定することにもなりかねないし。有機物でできた生物には感謝すべき? レプリスも有機生命体だし。じゃあドラえもんみたいに無機物が主だったらどうするの。……わからん。

突きつめていくとそのへんの石ころにも感謝すべきだ! となってしまうような気もする。万物に魂を認める日本人的にはそれもありか…? そもそも命に価値なんて無いという解釈することもできると思うけど、少なくともマイメビという作品でそう解釈するのは間違いか。

あと、『恭介』はレゥを人間として扱った。……違うと思うけどなぁ。レゥを普通のレプリスとはちょっと違った「レプリス」として対等に扱った、くらいじゃない? しかも恭介はリースも普通の「レプリス」として対等に扱ってたと思うんだ。(Mayリースエンド除く)

だから私の中では、be恭介はやっぱり恭介のように動くプログラムでしかない。「死んだ弟のエゴの名を借りた拷問ではないんですか! 恭介の意志だなんて、勝手な解釈を……!」と言う浩人は非常に正しく思える。単なる恭平の自己満足ではないか、と。

そう考えると、真レゥは偽恭介と心中したことになるというすごいブラックな話になるんですけど。最後まで考えさせるように作るなんてマイメリのライターは超天才だ!

……長井さんと西川さんの解釈が違ってるだけとはあえて言わない。そもそも、西川さんもリースに「あなたと同じように私を扱ってくれる人がいました」と言わせてるしなぁ。May恭介≠be恭介派は私だけか?

とにかく、HUMAN BEING:REUはレプリスを強引にヒトと見なしているだけ。レプリスをレプリスと受け入れたわけではない。これは、レプリスに対して非常に失礼ではないかと。

私のスタンスとしては、「レプリスはレプリスであるべき」と。穂乃香さんはレプリスとして、最もレプリスらしい行動をした。それを周りも受け入れた。これこそ、ヒトとレプリスの理想の関係だと私は思う。

ということで私の結論。穂乃香Aが私的Trueエンド。リースBもあのあと新たなヒトとレプリスの関係を見つけていければ、と考えて次点Trueエンド。

「ライカっていうの、よろしくね」(ST「La20:再起動」)
松岡さんはやっぱりなんかへん。

ライカで震えたのは、Mayレゥとのシンクロ率が恐ろしく高いこと。Mayレゥですよ、Mayレゥ。beレゥじゃないんです。キリがないのでここでは一か所だけ挙げます。
「わー! 海! 浩人、海!!」(ST「La15:ライカとライカ犬」)「わーい! いく! レゥ、(縁日に)ぜったいいく!」(ST「赤りんご大会」)と私の頭の中では完全に一致しました。唖然。

もちろん、そのようにテキストを書いた長井さんも褒める。これはbeレゥも含むけど、「あたしが得意……だと思う料理を作る!」「なにを作るの?」「カレー!」(ST「La19:新たな同居人」)にはなんか背筋が冷たくなった。

「ライカが『MP』という可能性」(ST「La12:多重人格への憂鬱」)
真レゥがライカのペルソナをかぶっていたのはいいとして、be最初のツインテールレゥは何者なの? どうもルート間で、下手すると同一ルートでも矛盾が噴出してるような気がするんですけど。以下、人格データに関する発言を書き出し。

浩人:「解析の結果……レゥちゃんの人格は、ほぼ間違いなく、外部からの作為的な手段によって強制的に上書きされたという事だった」(ST「レプリスの生き証人達」)

スタッフB:「本来のOSのデータ自体は強引に圧縮をかけられて、頭の中の余った領域にあるのを確認しています」(ST「レプリスの生き証人達」)

鏡:「彼女の中には元となる人格が隠されていて、表面にレゥという人格が出ている状態だったの。そして、ほかの領域をついでに調べたら、また別のデータ(注:リース)が存在することがわかった」(ST「リース」)

渡良瀬:「現行のレプリスにはプロトタイプのデータが記録されている」(ST「レゥはここにいる」)

渡良瀬:「レゥを少しずつチューニングしてライカの世代を作り上げて来た。それをさかのぼってレゥだけを。そしてレゥの記憶も同時に起動する事はありえない。……レゥの記憶は、四十三年前の『レゥ』だけが持っている。ライカに宿っているはずはない」(ST「La13:津久見高校」)

浩人:「オレと出会ってから渡良瀬さん達が来て、そして今日の日までオレと会っていたのは、レゥちゃんだった」(ST「La04:イニシエーション」)

渡良瀬:「危機的状況になったら緊急プログラムの発動キーを送信する……『ライカ』の危機を察知した『恭介』は封印の解除キーを送信したのだろう。その結果、『レゥ』が再生された」(ST「La03:探し求めた終着点」)

笠木:「原初のバージョン(注:レゥ)をまるごと残しているなんてありえない」(Maybe小説, p157)

ここで4つの説を立ててみる。

1. beレゥも真レゥのペルソナ。つまり真レゥはbeレゥとライカの2つのペルソナをかぶっていた。Pmfh-03と02はもともと入っている仕様。恭介がPmfh-03を解除キーで目覚めさせたが、真レゥはPmfh-01のペルソナを作り偽装した。この場合、レプリスの生き証人達・La13・笠木の推測が間違い。

2. beレゥも真レゥのペルソナ。つまり真レゥはbeレゥとライカの2つのペルソナをかぶっていた。ライカの危機の際にbe恭介がPmfh-03と02のOSと記憶を突っ込み、解除キーを送信して目覚めさせたが、真レゥはPmfh-01のペルソナを作り偽装した。この場合、レプリスの生き証人達・レゥはここにいるが間違い。

3. 恭介がライカに肉体にbeレゥ(Pmfh-01)・リース(Pmfh-02)・真レゥ(Pmfh-03)のOSと記憶を突っ込み、解除キーを送信。この場合、レゥはここにいる・La04が間違い。

4. プロトタイプはもともと入っている仕様。船事故の際、恭介がPmfh-01を解除キーで目覚めさせ、かつライカ領域に真レゥを突っ込んだ。この場合、La13・La04・笠木の推測が間違い。

ポイントは、
beレゥ=真レゥのペルソナ or beレゥ=Pmfh-01であり≠真レゥ(=Pmfh-03)
Pmfh-01(=Pmfh-03?)と02がもともと入っている or 恭介が入れた
というところか。

まあ、まったく矛盾の無い解釈も不可能ではない。「レゥを少しずつチューニングしてライカの世代を作り上げて来た。だから理論上はどのレプリスにもレゥはいる」というのを「現行のレプリスにはプロトタイプのデータが記録されている」という意味だととても好意的に捉える。

そして、「緊急プログラム」というのは、さかのぼって03と03の記憶を同時に起動させられる凄いプログラムだったのだ! そして03は01のペルソナを作った、と。あーでもこれだと鏡さんがリース見つけるの無理。じゃあ鏡さんも超凄いことにする。……もうどうでもいいや。

そもそも01と03って一緒だよね。なぜ01と03に違いが出るの? Pmfh-01とPmfh-03のデータを恭介が一部改変したのか? なぜ? とかあれこれ考えると面倒なので私は1or2説を取りたい。そのほうがレゥAが悲惨になるし。

でも、03も03で疑問なところが……。03はずっと凍結されていたはずなのに、なんでMayレゥより大人になってるんだ?

私の意見に賛成・反対問わず、人格関係をうまく説明できる方大募集。

「あたしはレゥ? それともライカ?」(「La04:イニシエーション」)
松岡さ(略

「『びみょう』、だよね。あ、ちゃんといえたよ、『びみお』」(「La03:探し求めた終着点」)
この作品の松岡さんには神が舞い降りていたとしか思えない。比喩でもなんでもなく。おっと、松岡さんの努力を神が味方していたからで片づけては失礼か。じゃあ松岡さんが神でいいや。


<Metempsychosis>
"Metempsychosis" をネタバレに思うのは先にMaybeをクリアしたひとだけだろうし、むしろミスリードされるので、別にMaybeクリア前にやっても構わないとは思うのですが……後付けシナリオであることは変わりないので一応Maybeクリア後推奨としています。

別にマイメリに限ったことではないけど、すぐに「それネタバレ」と指摘する空気には違和感が。ネタバレって言わなきゃ、やってないひとはネタバレとわからないだろうと。Ever17PEのパッケージの話とか。

しかし、みさおAから直接シナリオに入ってしまうのは致命的。これでMaybeがみさおAから繋がる物語と勘の良いひとはわかっちゃうからなぁ。

Maybe後にプレイしたら恭平兄さんが優しすぎて泣いた。そう、これが恭平兄さんだ。「『とつぎおくれ』ってなに?」「自分の気持ちを大事にするってことさ」って何この優しい切り返し。

be渡良瀬さんも優しいけど、プログラム恭介の贖罪とか変なこと言ってるから……。きっと恭介が死んだショックでおかしくなっちゃったんだ。ああやっぱり泣ける。

レゥは復活してたんだやったーと喜ぶべきなんだろうけど、私はレゥ03の存在にちょっと否定的。レゥはコピーできない唯一無二の存在だからこそ良かったんじゃないかと。

みさおAでは「心」を持ったレゥはもはやそこには無く、あるのは「心」を模倣したレプリカのみというのが残酷だったわけで、コピーした03が普通に帰ってきちゃったらそれ残酷でも何でもなくない? と。

私はレプリスに関してはオリジナル=コピー派だし、記憶が完全ならなおさら。たしかに結果的にレプリカを返すことになったのは事実だけど、それは誤解の産物であって本来は違う。ここは納得いかない。

……まあそれ言っちゃうとMaybeの存在自体が危うくなるのでそれはそれこれはこれ。

ところで、なんで会うって決めたあとのビデオレターで「おにいちゃんがいやなきもちになる」と言ってるんだろう? 私、どこか誤読した?


<Epilogue>
レゥ04がかわいそう。そこかよ! ってツッコミが入りそうな気がするけど気にしない。少ない恭介との日々を幸せに感じていたらと私は願う。たとえ心が無かったとしても。

……やっぱりみさおちゃんが気づいていないのはダメだと思うの。途中まではみさおちゃんは恭介が気づいてないと思って気遣ってるんだと考えてたけど、ラストの「あいつはレゥじゃない」「嘘でしょ?」は致命的。

ま、まあMayから3年経っていたせいで忘れていただけとと好意的に解釈しよう。まさか長井さんが西川さんの意図を読めてなかったなんてことはないはずだ。


これまでで触れられなかった細かいところを。

・PS2のwith beのクリアリストがすべて「May Merry May」「May Merry Maybe」になってるのはどういうことですか? もしかして、BUG?

・with beのMaybe全BエンドのEDでライカの名前でてくるけど、これはいかんでしょう。……まあ原因はわかってる。with beはDVD容量ギリギリで余計なムービー入れられなかったからでしょ! オリジナルMaybeにはレゥ/リース/ライカルート用のムービーあったから。

・全クリしたあと、「MISS?」の歌詞をはっきり聞いてみる。

そう全部OK! 僕らは何かをなくして大人になれたんだからね。So long, my boyfriend! 今ある私は君のおかげだよ、ありがとう。愛してるよ、何処にいても……。

泣いた。こんなに切ない歌詞だったとは。そして念のため。"So long"の意味は「さようなら」

・好きなキャラ:
May; レゥ・リース・たえ・恭平
Maybe; 鏡・ライカ・玉村先生・渡良瀬
好きなエンド: みさおAB・リースB・鏡B・穂乃香A
好きなボーカル曲: 皆それぞれの良さがあって選べない。もちろんわんつーどーんも好き。
好きなBGM:
May; HITOE, MOTOMI, TAE
Maybe; SEITEN Junior High School, KYO, MINORI, KYOUHEI, Illusions

ライカA以外をクリアして、回収できる未読メッセージをすべて回収。
そして星砂, Metempsychosis, Epilogue.
プレイ時間122:50

いままでで一番達成感を味わったゲームです。


My Merry Mayの物語、締めは松岡神の「BUG?」一人デュエット。レゥの舌っ足らずな声でアップテンポの歌とかありえないから! 変だから! おかしいから!

まとめてみる。
・Mayレゥ(序盤~終盤で演技を変えている)
・Mayリース
・Mayもとみ編終盤に出てくる成長したレゥ
・同じく感情がこもったリース
・beレゥ
・beリース
・レゥを演じるリース
・「どうしてあなたは……」
・レゥを演じ切れなくなったリース
・ライカ
・レゥが混じったライカ
・ビデオレターのレゥ
・BUG? 一人デュエット。

……。

さて。

May:微妙な声優がいるので松岡さんだけ目立って一人舞台。
Maybe:声優陣みんな上手いのに松岡さんの超絶演技で一人舞台。


結論:My Merry May with be は松岡さんでできている。


続編は……西川さん無理そうな気がするから作らなくていいや。西川さんのいないマイメリなんてマイメリじゃない。西川さんがいなかったらマイメビは心を持ったレプリスが人間になりました。終わり。じゃないか! かといって西川さんだけにやらせると『零と羊飼い』みたいなことになるので、長井さんも絶対必要なのです。長井&西川コンビ最高。

以上がMy Merry May with be感想。参考にした感想リンク集も作りました。皆さんありがとうございました。My Merry May with be 感想リンク集


最後に。My Merry Mayに関わった皆さんの魂、たしかに受け取りました。この作品を生みだしてくれて、本当にありがとう!

to be continue!? My Merry May......
タグ: Qtron MyMerryMay
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