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コニー・ウィリス『航路』

航路(上) (ハヤカワ文庫SF)この作品は小説の中の小説です。ストーリーも素晴らしいんですが、それ以上に伏線やメタファーを余すところなくぶちこんで物語を重層化させているのが凄い。ここまで技巧に凝った小説は初めて読んだ。これプロット・構成の段階で相当計算してる。作者は本当に小説の天才。

臨死体験を研究するジョアンナ。彼女は同分野の研究者リチャードと組み、臨死体験の際と同じ幻覚を見るという薬を使って、臨死体験を科学的に解き明かそうとする。しかしそれを妨害するためにつきまとってくるインチキ研究者と被験者としてもぐりこんでくるその信者たち。ストーカーな彼らを相手するのがめんどくさくなったジョアンナは自らが被験者になることを決意する。臨死体験という航路の先にあるものは…?

『航路』 別名『ジョアンナの受難物語』

で大筋は間違ってないはず。たぶん。


感動した! という感想が多いですが、私はあえてこちらを強調します。これは超高度なコメディ小説です。この小説に登場する方々のほとんどは、非常にうざいです。前述した疑似科学を信仰するインチキ研究者と信者は、主人公を見つけてはトンデモ話をします。(山本弘ファンはアポロ11号は月に降り立ってない! と何回も言う人でも想像してください)

うざいのはこの2人だけではありません。被験者の一人はジョアンナの質問に答えず戦争の話ばっかりするわ、疑似科学を信じない少女のメイジーはジョアンナの味方だが、忙しいジョアンナを引き留める名人でもあるわ。ほかのキャラも何かしら問題抱えています。

しかもこの方々グッドタイミングで現れるのでジョアンナの予定が狂うことはしばしば。さらには迷路のように入り組み、行けども行けども目的の人物に会えない病院。あげくの果てにジョアンナが食事を取りに行こうとしてもカフェテリアが開いていることがありません。カフェテリアまで敵です。読んでいてジョアンナさんがかわいそうになりました。


ここまで普通描くか! というくらいうざい描写がやたら多い。ここに感情移入できるかどうかがこの作品を受け入れられるかのポイントでしょう。わざわざ描写を入れている意味はちゃんとあって、物語後半にそれはわかります。

ただ、冗長すぎてついていけないという方に、盛り上がる残り300ページくらいまで我慢して読めとは言えません。合わなかった方は適当に切り上げるのが吉。

私は大いに笑わせていただきました。だってタイミングがバッチリすぎるのもおもしろいんだけど、ジョアンナの冴えわたるツッコミがこれまた楽しいんだもん。

ウィリスの文章と大森さんの翻訳が非常に読みやすいのも高ポイント。途中まで翻訳小説であること完全に忘れてました。これはコメディで定評がある『犬は勘定に入れません』も読まなきゃならないな。

ツッコミを2つ抜粋してみる。

(メイジーの病室の前を通る際、メイジーがジョアンナに気が付かないことを祈るが)

もしかしたらビデオを見ていて気がつかないかも。
そうは問屋がおろさなかった。
「ジョアンナ!」戸口の前にさしかかった瞬間にメイジーがそう叫んだ
(ヴィレッジブックス文庫版, 上巻p572)


(インチキ研究者と鉢合わせ、場を離れる言い訳を考えるが)

ミスター・マンドレイクのことだ。「話はほんの数分で済む」というだけだろう。
「話はほんの数分で済む」とミスター・マンドレイクはいった。
(ヴィレッジブックス上巻p580)

文章のリズムが良く、非常に笑えます。こういう文章がいたるところにあるので是非是非読んでみてください。


しかし、笑えるのは2部の前半くらいまで。2部後半からは死の色が濃くなり、深刻な物語になっていきます。そして、衝撃の2部ラスト。ここまでたどり着いた方、先が気になるのはわかります。しかし、まずはここで一息。お茶でもどうぞ。夜遅いなら寝たほうがいいです。休んだあと、第3部残り300ページ、ノンストップで<向こう側>まで行きましょう!

訳者あとがきより。(『航路』訳者あとがき:nozomi Ohmori SF page

SF翻訳家の山岸真氏から、《本の雑誌》の先取り書評コラム用に原稿を読ませてほしいという依頼があり、第二部まで仕上がっていた訳稿をメールで送ったんですが、二日後に電話してきた山岸氏いわく、
「ここまでしか読めないのは拷問だから一刻もはやくつづきをメールしてくれ!」

うん、第2部まで送るというのは最低な行為だと思います大森さん。


登場人物MVPはメイジー一択。もはや笑えなくなった第3部でも笑わせてくれた貴重な人材。もちろんコメディだけでなく、何重にも積み上げられた第3部の物語すべてを引き受ける重要人物でもあります。

「晴れ晴れとした笑みを浮かべ、『わかってたもん、(中略)』とうれしそうにいった。『わかってたもん』」
(ヴィレッジブックス下巻p436)

というシーンはちょっとグッときた。あまり感動というものができない私にはこれだけでも結構めずらしいのだ。たったひとつの冴えたやりかた? なにそれおいしいの。(別に嫌いなわけじゃないので誤解なきよう。全然泣けなかっただけです)


ティプトリーJr.「最後の午後に」、ウィリス『航路(上)』、田沼靖一 『ヒトはどうして死ぬのか』をはさんで『航路(下)』と読んだ。次に森絵都『カラフル』にいく予定だったんだけど、いくらなんでもハードすぎる気がしてきた。死ばっかりじゃないか。少し休むか……。(映画『カラフル』見に行けそうにないのが残念)

一人の人間という個を生かすために、アポトーシスを起こして細胞は死ぬ。
人間という種を生かすために、個の人間は死んでいく。
では、人間という種がいなくなったその先は? その向こう側は…?

個としての人間の向こう側は死ねばわかるのかもしれないけど、それ以上の宇宙の循環みたいなのはわかんないんだろうなあ。なんか悔しい。

タグ: 本・SF
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