Entries

シナリオってどんなもの?

シナリオは誰のもの?の続きといえば続き。「脚本」についてもう少しいきます。そもそもキャクホンって何? 小説とどう違うの? というお話。

まず、シナリオについて書かれたすばらしいサイトを紹介します。

1-1)シナリオが書かれる二、三の理由:アマによるアマのためのシナリオ講座

こちらをご覧いただくだけでも完成作品から脚本評価するのなんて不可能ということがわかると思うのですが(正直ここで終わりたいです)。

こちらで書かれている通り、脚本にはポイントがあります。それは、脚本は視聴者が直接お目にかかるものではなく、あくまで制作者の参考とするものということ。つまり

「やり過ぎない」「適度な処で止める」「でも演出や作画やその他作業工程における他のクリエイターさん達に、イメージを喚起させる取っ掛かりとして機能するもの」が求められるという事。
「小説と脚本」の違いと、更に曖昧な「キネティックノベル」@榊一郎:Togetter

解釈が一つに定まりすぎる脚本は演出にとって非常にやりにくい。完成品から完全に逆算できるようなそのような脚本はじつはあまりよろしくないのです。

逆に逆算できなさすぎる脚本もダメです。『アマによるアマのためのシナリオ講座』さんで挙げられている

彼は、実は悲しいと思ったが、表情にはそれを出さなかった。

こういう映像化できない文章は脚本に書いてはいけません。で、その疑惑があるのが小説家の真保さん。楠葉監督が真保さんの脚本を「ト書きが小説的で、うまく映像に起こしにくいんですね」『Quick Japan Vol.88』, p151)と評しているので言い方は悪いですが『アマによるアマのためのシナリオ講座』さんでいう「シナリオと小説の違いがわかってない」のではないですかね。

それで、以前にも引用させていただきましたが、こちらのようなことが起こるわけです。

アニメ画描きとしての訓練を受けてない脚本家の本は、文字で書かれた物として優れてても、画では表現困難だったり、意味のない表現である場合が多々出てくる。その時コンテや原画作業で一部を変えるとその後も連鎖式に変ってくる。
アニメで脚本を評価することのむずかしさ:Togetter

つまり、完成作品から真保さんの脚本を逆算するのは普段のアニメ以上に不可能。よって真保さんを批判するのはお門違い。批判すべきは真保さんを起用したスタッフ、もしくは真保さんのわかりづらい意図を読み切れるような天才ではない楠葉さん。


上でも言われている通り、演出していくうえでストーリーが最初の脚本と大幅に変わってしまうこともめずらしくありません。脚本家の細かい癖さえも、統括する監督や演出家がアニメ全体の雰囲気を統一するために変えてしまう可能性もあります。彼らの方針で脚本家の個性を残すかどうかは変わると思います。

アニメドラの個性は……少なくとも私にはわかりませんね。大野木さんがなんとなく特徴があるようなないような気がするくらい。演出家の個性のほうが強いかと。安藤さんとか。

……安藤さんのぶっとび回って脚本段階であんなのなのか、演出段階になってあーなるのかかなり気になる。

とりあえず脚本段階からだったとしても、貧乏バースデーみたいなぶっとび回が脚本家一人の独断で書けるわけないでしょ。読み会で何度も監督やプロデューサーのチェックが入るんですよ。もっと前の構成段階で入ってると考えたほうが自然。たまにはアニメならではのぶっとび回入れるってことでしょう。この回のときどこかで藤本信行さん批判見たような気がする。藤本さんお気の毒。


「やり過ぎない」脚本のイメージがつかないという方もいらっしゃると思うので、ここで私の大好きな"My Merry May"いきます。マイメリの脚本の何が良いって、声や絵が付くこと前提のスカスカの脚本なんですよ。これはライターが演劇出身なのも関係あるはず。(演劇では脚本と演出を同じ人がやることはめずらしくありませんね)

松岡由貴さんのあれはたぶんライターも予想していなかった奇跡のたまものだろうからこの際置いておくとして(しかし何度でも言う。マイメリシリーズのこのひとの演技はもはや異常)。声のトーンや、あるキャラが話しているときにその「隣」のキャラの表情を変えたりすることで心情を表す。地の文やセリフに頼っていない。

例を挙げます。

Bとばかり仲良くしている主人公にAがひそかに嫉妬するシーンがあるんです。(プレイヤーも二週目じゃないとわからない) 下のような雰囲気の会話が交わされます。

主人公:「喜べA、Bが来てくれるよ」
A:(微笑んで)「……やったー」

この「やったー」のボイスが微妙に棒読みなんですよ。しかも「……」とほんの少し間がある。小説ではもっと文章費やさなくてはいけない、しかもあからさまに書けない難しいところを、ひとことで演出してしまうんですね。

で、そのあとAが主人公と一緒に食事をするイベントがあってAは喜ぶわけですが、そこにBがやってきて3人で食事をすることに。食事中Aは喋らずにしょぼーんとした顔だけが映る、というわけです。

(誤解を招かないように言っておくと、AもBも普通にいい人です)


うーん。文章で説明するの難しいなあ。(そもそも文章で説明できないことだし……) とにかくマイメリは文章を書かずにキャラの心情を読み取らせるのが非常に上手い。

主人公:「ちょっと、外に出ます」
C: (微笑んで)「……わかった」

これだけのやりとりだけで、Cが「さっき帰ったDと話をするために外に出るのね、わかってる」と思っているということがプレイヤーに読み取れる。「間」が上手いので、わざわざ文章に書く必要がない。

マイメリは声優が微妙という批判があるゲームなのですが。声優の木村さんと大前さん、ついでに前田さんもたしかにあまり上手くない。でも、この3人の声オフでやったらマイメリの魅力は半減すると思ってます。(→声が必要な代表シーン:知ってるよ・求めて求めて・くっつかないよ) そう思わせるマイメリは、脚本が優れているとみていいかと。


えーと。ドラ系の方ついてこれているのでしょうか。不安だ。(そもそもマイメリのほうは以前ネタバレ感想で全部書いてるんだけど) ということでアニメドラからも。

「のび太の知らないのび太」(2010/5/28)でおまわりさんがお礼をしに来る直前、ママが怒りに震えているシーン。

ママ「のーびーたー!」
おまわりさん「あのー」
ママ「はい」
ママ「あ、あらーおほほほほごくろうさまでございます」

テキストに起こすとなんてつまらないんでしょうか。「はい」というものすごく高圧的なしゃべりがおまわりさんを委縮させてしまいました。この「はい」という部分は確実にこういう風に話すようにという演技指導が入っているはずです。なぜなら、ここは声が入らないと成り立たないシーンだから。

(どうでもいいことですが、最初ここの文章書くとき、「はい」(←ここ注目)と書こうと思ったのですが、「はい」と太字に強調しました。これも直接書かない演出の一種だなとちょっと思ったり)

原作に沿った、アニメの二次創作なんかを読んで、違和感を持った方はいませんかね。下手な人は心情描写や風景描写がやたら少なくて、会話だけで進んでいくんです。逆シナリオ化してそれを見せているに等しい。(これも、「シナリオと小説の違いがわかってない」人) そういうのってだいたいつまらないじゃないですか。そう、そのまま読んでもあまりおもしろくないのが脚本です。


もうひとつ脚本の重要ポイント。さっきの榊一郎さんより。

脚本は「声優さんの喋り」――実際に声に出して発音するの優先

マイメリのテキストでよく批判される「けれども」ですね。そう、このゲームのキャラたちは話し言葉で普通に「けれども」を使ってきます。普通は「けど」です。「けれども」は上手い声優さんが喋るぶんには気にならないんですが、一部あれな声優さんは……その、ちょっとね。

ほかにはマイメビやっていて「聞いていない」「見ていない」が気になった。どちらかというと「聞いてない」「見てない」のほうが口語的。


最後におまけにもうひとつさらに榊一郎さんより。

デキが良い作品(人気があってメディアミックスの対象になりやすい作品)は、しばしばその媒体での表現に最適化されていたりする

これはバッチリドラえもんに当てはまると思います。私が原作ドラの何を評価しているかというと、ギャグ、あの「間」、無駄のないコマ割り、完璧なセリフ回しです。あれをマンガ以外に移植するのは不可能。ちなみに私はドラのストーリー性をあまり評価してません。

前にも言ったけど、大長編は構成がイマイチ。短編で良くあがる「さようならドラえもん」や「結婚前夜」もそこまで凄いか? と個人的には思ってます。

(というかこれらの作品を評価できるのは、意外と原作ドラをたくさん読んでのび太というキャラをしっかりとつかんでる方しか無いんじゃなかろうか。基本一話完結マンガでそれはいいのか。私の高校時代の先生は、のび太としずかが結婚することすらご存じなかったのですが)

ならアニメ見なくていいじゃんとか言われそうですが、アニメだと原作関係無しでストーリー性を重視して見てます。今度は逆に原作のストーリー性の高い話で、短すぎてできてしまった空白にどんなものを詰め込んでくるのか楽しみなんですよ。自由度の高いアニメオリジナルはもっと楽しみです。

アニメドラスタッフがF先生超えられなくて悩んでるなんて話を聞きますけど、正直F先生なんかにこだわりすぎてほしくないというのが私の本音です。マンガに最適化された原作を真似てアニメを作っても、原作超えられないのなんてわかってます。そんなの最初っから期待してません。それよりも、アニメ独自の世界を大事にしてほしいです。そういう意味で私は原作ドラに縛られない渡辺ドラや寺本ドラが大好きです。


にしてもシナリオについて調べようと思っても高い本しか無いなか、このようなわかりやすいシナリオ講座を無料で公開してくださる方には頭が上がりません。

と思ったら『アマによるアマのためのシナリオ講座』さんご自分で

はっきり言って、僕は基礎知識を得るためだけでも10万円以上はかけました。それを無償で公開してあげるのだから、どんなにがんばっても大赤字の超ド級出血大サービスです。なんて心の広い奴なんだ僕って!(自爆)
第一章:シナリオの基礎知識 -アマによるアマのためのシナリオ講座

と書いていらっしゃる。私の代弁者でした。本当にありがとうございます。自爆なんかじゃありません。


とにかく私が言いたかったのは、脚本と小説は違う。特にアニメの場合、脚本家叩いたって意味無いよってことです。ということでアニメ感想系の皆さんは誤解を生まないために脚本が良いという言葉は使わないほうが無難。直接脚本を見て評価することができる内部の方は、ぜひ情報流して 私はストーリーが良いと評しておきます。これなら問題ない……はず。


参考に。本日の当事者マイメリの脚本担当、Q'tron長井さん執筆の関連記事。音声収録の際のライターの立ち会いについて書かれています。 →シナリオライターと声優~どうしたら仲良くなれる?~:シナリオライターズ Qtron

そういえばオリジナルMaybeのEDに「脚本 長井知佳」「シナリオ 長井知佳 西川真音」ってあったけどどう違うんだろう。長井さんがメインであることを示しているだけで深い意味はないのかもしれないが。with beのMaybeEDはシナリオ表記だけだったし。

この前、『想いのかけら -Close to-』攻略完了しましたが、表情変化が少なすぎて脚本読んでる気分……。(ノベルゲームってみんなこんなものだっけ?) 小雪の表情がもっと豊かならなぁ。同じクールキャラならマイメビの鏡さん最強じゃないか。細かい表情変化が良かったんだよね鏡さん。彼女含めマイメリの表情の豊かさはやっぱり魅力的。

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://iandmeandwho.blog107.fc2.com/tb.php/81-af24a7ab

※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

トラックバック

Appendix

プロフィール

shui

Author:shui

Twitter:@shuijiao4

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
プロフィール画像:©SozaiRoom

ユーザータグ

検索フォーム

QRコード

QRコード